未成年者喫煙禁止法の周辺

 はてブにあがっていたアルファルファモザイクの「さすが昔の政府は行動力あるな」の記事ですが、ここで話題になった発言は都市伝説の類ではないかと思いました。

646 おさかなくわえた名無しさん :2008/02/20(水) 20:15:58 id:CM2u3hgy

 未成年者喫煙禁止法は明治時代に制定されたが、別に子供の健康や発育に配慮したわけではない。
 児童の喫煙による木造校舎の火災が頻発するのに業を煮やした文部省が「それなら子供はタバコを吸ってはいけないことにすればいい」と手っ取り早く禁止した。

 子供の健康や発育に配慮したわけではないどころか、表の理由(国会での議論の主軸)としては「徴兵するときに強い兵隊がとれない」ことが言われ、そしておそらく背後にあったのは、この18歳未満に適用する幼者喫煙禁止法案を提出した議員の一人、根本正氏のピューリタニズム的思想があったものと考えられるのです。


 根本氏については以前に「未成年者飲酒禁止法と根本正」という記事でまとめたものがあります。そこからかいつまんで彼の履歴を引きますと、

 根本正氏は嘉永四(1851)年庄屋の次男として生れる。万延元年(1860)年9歳の時、近隣の神主の私塾に通い始め、13歳で水戸学の彰考館の総裁の家である豊田家に下僕として住み込み。明治4(1872)年、二十歳になった正は職と故郷を捨て東京へ家出。

 東京では適塾出身の箕作秋坪や同人社(開設直前の)中村正直らの教えを乞い、車夫をしながら塾に住み込み塾僕として苦学(彼の目的は英語の習得)。明治9年神戸にアメリカン・ボードの宣教師ギューリック(Luther Halsey Gulick)を訪ね、翌年は横浜に戻りヘボン塾のジョン・クレイグ・バラー宣教師に師事して学ぶ。

 明治11(1878)年横浜住吉町教会(横浜指路教会)にて洗礼を受けキリスト教に入信。翌年の春、キリスト教団体の支援をうけつつ、北京号(シティオブペキン)という貨物船に乗り込み横浜を発ち、カリフォルニア州サンフランシスコ郊外のオークランド市へ。そこで地元の家に召使として住み込んで家の掃除や馬の世話などを始める。だが自分が日本で学んだ英語が通じないということに衝撃を受け、28歳のときアメリカの小学校に入学して再び学び直そうとした。

 30歳になるとき市立ホプキンス中学校へと進学。そこを4年で終えさらにホプキンス高校を出た後、住み込み先のバーストウ氏の紹介で大富豪である鉄道王フレデリック・ビリングス氏の援助を得て、バーモント大学に入学。(オークランドを離れるときにはサンフランシスコメソジスト福音会が母体となり、彼のために盛大な壮行会が行われた)

 西海岸から東海岸へと移った正は、バーモント州のビリングス氏を訪ね、ビリングス一家の信頼と支援を受けつつバーモント大学も卒業。氏の「Be a useful man in Japan!」の言葉を胸に帰朝。

 明治23年に帰国して38才で結婚、外務省雇いとなって板垣退助を助けつつ政治家を目指すことになる。しかし茨城二区から第一回総選挙に出馬して落選。その後も金もコネも薄い彼は落選を続け、ようやく第五回総選挙で初当選し、その後は10期27年に渡って連続当選することになる。

 というものです。(ここらあたりも含めて「未成年の禁酒・禁煙法の父 根本正のホームページ」を参考にしております)
(※メソジストとは、ジョン・ウェスレーにより18世紀イギリスで始められた信仰覚醒運動からの流れのキリスト教の教派(の人)を指します。今のアメリカでも信徒数が2番目に多いプロテスタント教団で、悔い改めによる救済を強調。ミッションスクールや病院の建設、貧民救済などの社会福祉的な運動に熱心です。当初のウェスレーの頃から禁酒禁煙や几帳面な生活様式を要求するなど厳格でピューリタン的なものでした。そしてこのメソッド(謹厳な生活方式)から「几帳面屋」(メソジスト)の名が揶揄的に付けられ、後に正式な呼称となっていったのです)


 よくよく見てみると、彼の政治活動の成果として言われる「義務教育の無料化」「国語調査会(後の国語審議会)の設立の建議」「未成年者喫煙禁止法」「未成年者飲酒禁止法」などなどの背景には、彼がアメリカで薫陶を受けたプロテスタント的な禁欲主義の発想があるだろうと容易に想像できます。(ちなみにアメリカで禁酒法アメリカ合衆国憲法修正第18条)が成立したのが1920年1月で、日本の未成年者飲酒禁止法が制定されたのが1922年(大正11年)3月30日です)
 もちろん彼の議論には富国強兵をどう図るかという視点もあります。しかしこれは当時の帝国議会で法案を通すためには当然なければならない建前であったでしょうし、根本氏に「子供は自堕落になることから守られなければならない」という信念があったということは否定できないと思います。


 この根本氏のことを知っていたので、最初に引いたまとめサイトでの646の名無しさんの発言はいい加減なものではないかと感じたのでした。(それでも一概に否定できる資料が揃っているというわけでもなく、あとは読む人の判断ということなのですが)