災害でも…

 ふと、「丸山眞男」をひっぱたきたいで語られていた「今日と明日で何ひとつ変わらない生活」を打ち崩すカタストロフは、何も戦争状況ばかりではなく「大災害」においても成就するだろうと思いつきました。

 「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争は悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる

 というのは水害や土砂崩れ、地震などの災害においても成り立つのだろうと。もちろん災害からの立ち直りは小金を持っている人の方が有利とされるかもしれませんが、被災直後においては金など何の足しにもならないでしょうし、災害が大きければ大きいほど「平等の苦しみ」状況は長く続くでしょう。

 
 「希望は戦争」と「明日大地震が起きて皆死んじゃえばいいのに」という呟きとは同種と見ていいのでしょうか? もしそれが同じようなものなら、多分私には共感できないでしょう。
 違うならばどこが違うのか。全国的な災害でも質的に戦争とは違うといえるのか。
 もう少し考えてみたいなと思っています。