大学の先生は学生の授業料で食っているのか?

 J-CASTニュースで、「私語は授業妨害」学部長が掲示 モンスター大学生が増えた!という煽り記事?っぽいのがありました。元ネタになったのは次の紀伊民報のコラム記事です。
「おしゃべり学生と無責任教員」(AGARA 紀伊民報

 週末に講義を担当している大学に出掛けたら、教室に「授業中の私語による授業妨害について」という学部長名の掲示がしてあった。次のような内容だった。

 ▼数人の授業担当者から、再々の注意にもかかわらず私語をやめない学生が多数おり、授業に大きな支障が出ていると報告があった。授業を履修している学生からも同様の苦情がある。大学生にこのようなことを伝えなければならないことは、慚愧(ざんき)に堪えない。大学生として当然の学習姿勢で臨んでいただきたい……。

 ▼驚いた。私語で大学の授業が成り立たない。それを教員が注意しても効果がないから、学部長がわざわざ警告の掲示を出す。あえて名前は出さないが、関西でも有数の名門私学にして、このていたらく。他の大学も同じような状況だろうか。(後略)
(11月11日 署名:石)

 まあ大学の講義で私語が問題にされるというのはここ10年、20年(あるいはもう少し古くから)のことで、何もこのJ-CASTの記事のように「小学校の学級崩壊、モンスターチルドレンの「ゆとり世代」が大学生になったという指摘が多い」とは思いませんが、煽りにしても

…慶大の小林節教授は、他大学への特別講義などで、次のようなケースがあったと明かす。


「こんな学生がいたことがあります。私語を注意すると、『先生、私たちの授業料で食っているんでしょう』と。しかし、教師と学生は対等ではありません。だから、『威張るな』と言いました。講義中に帽子を被っていた学生もいました。怒ると、次の時間にはいなくなりますね」

 というのはちょっと引っかかるところ。何に引っかかるかと言えば「大学の先生は学生の授業料で食っているといえるのか」というところです。果たして本当にそうなのでしょうか?


 「大学生が存在しなければ大学は無い」というのはまあ言えそうなところではあります。もちろん大学院大学とか、大学の研究機関で学生がいないところなどはありますから必ずしも学部学生が必要条件ということではないのかもしれませんが、一般論としては言えるでしょうね。
 でもこれは逆に「大学が存在しなければ大学生は存在できない」というところがあって、若干本質論的なところですがどっちもどっちじゃないかと考えられるところです。
 では次に、学生が「お客さま」として教員を食わせていると言えるのかというあたりですが、これはどうでしょう?


 大学の運営のための公的ファンディングとして、国立大学法人では「運営費交付金」が、私立大学では「経常費補助金」が財務上とても大きな部分を占めるとは良く聞く話です。(他に公的ファンディングには科研費、COE等のプロジェクト補助、公的奨学金などがあります)
 いったいそれがどのくらいのものなのか。検索で次のような資料を見つけました。


島一則「法人化後の国立大学における授業料管理についての考察」(pdfファイル)
国立大学財務・運営センター 大学財務経営研究 第2号(2005年8月)pp.43-52

5.1 授業料収入の実態とその重要性
 はじめに、各国立大学の授業料等収入の分布をみてみることとする(表2)。合計値は3358億円となっている。また最大値は、東京大学の151億円で、最小値は政策研究大学院大学の1億4000万円となっている。次に、収入総額の分布についてみてみると、合計値は2兆3132億円、最大値は東大の1831億円、最小値は、鹿屋体育大学の22億円となっている。さらに収入総額に占める授業料等収入の比率についてみていく。最大値は大阪外国語大学の46.4%で、最小値は旭川医科大学の2.9%である。以上から明らかになる点は授業料収入、収入総額、両者の比率としての授業料等収入比率には著しい多様性(もしくは格差)が存在するということである。

 どうも授業料収入が大学経営にどれほど寄与しているかは千差万別というところらしいのですが、それにしても最大の寄与とされる大阪外語大学ですら46.4%と半分に満たないということですので、学生が「授業料で食わせてやっている」と威張れるような実態ではないことがわかるのではないでしょうか。(まして旭川医科大学の2.9%などに至っては、授業料はほんの飾りのようになっているのではと思われます…)


 ではこの差はどういうところからくるかということですが、

 収入総額を横軸、授業料等収入比率を縦軸にとった散布図を次頁に示す(図1)。ここからは図左下のグループ(総合研究大学院を除く3大学院大学と、富山医科薬科を含む4医科単科大学)を除いて、収入総額が少ないほど授業料等収入比率が高いという関係が見て取れる。実際に、両変数の相関関係についてみると、-0.451と5%水準で優位な結果が得られ、上記の3大学院大学と4医科単科大学を除いて相関係数を算出すると、-0.570とよりその相関関係は明確となる。以上からは、収入規模の小さな大学ほど授業料等収入の比率が高いという関係が明らかになる。このことが意味することは、収入規模の小さな大学ほど、その収入構造における授業料等収入の重要性が高く、これらの管理に関する相対的な重要性が高いことが指摘できる。
(強調は引用者)

 pdfファイルにある図では、授業料等比率が高い大学は上から順に

 大阪外国語大学 小樽商科大学 (45%超)
 埼玉大学 (40%超)
 福島大学 滋賀大学 茨城大学 和歌山大学 富山大学 横浜国立大学 (35%超)

 というような名前が並びます。
 比率の低い大学は下から順に

 旭川医科大学 浜松医科大学 滋賀医科大学 政策研究大学院大学 (5%未満)
 富山医科薬科大学 北陸先端科学技術大学院大学 奈良先端科学技術大学院大学
 東京大学 東北大学 九州大学九州芸術工科大学) (10%未満)

 といったあたりで、ほぼ10%のところに京都大学の名前も見えます。


 さくっと調べただけなので私立大学の授業料等収入比率はわからなかったのですが、少なくとも国立大にとって「俺らが食わしているんだから」と言えるような学生はいないだろうということがわかります。
 もちろん、学生がいるから補助金が出るんだろう?ということも言えますが、これまた大学があるから(補助金という形で)公費の助成を(学生が)得られるんだから、というところで相殺されるんじゃないかなと思います。
 さらに踏み込めば、授業料から何から全部自分で払っている学生はどれだけいるのか、というあたりも問題になるかもしれませんね。確かにそういう人の話はたまに聞きますが、どこでも美談的関心が寄せられるといった具合で、おそらくその比率はかなり低いものでしょう。そしてそのパトロンの意向は、授業中に私語してほしいというものではなさそうなのですが…