日本に階層社会は来るの?

 昨日の続きです。大仰なものはまとまりそうもありませんので、今までに考えたことをもう書いてしまおうと思います。なによりtarataradiaryさんに一つ要のデータをお出しいただいたように思いますので、簡潔に。
 ネオリベラリズム批判はもちろんありだと思いますが、「ネオリベラリズムが収入格差を生み出し、それが学歴を通じて社会階層の固定化につながり、ひいては「階層社会」「階級社会」が日本に生れる」という読み筋はちょっと杜撰だと考えます。煽りに近いという感じです。少なくとも東大云々ということを象徴的に利用したその言説は、たとえば「日本で確実に進行中 階級社会の恐怖 (ゲンダイネット)」というところなどにみられるものですが、すでに有効とは言えないでしょう。東大生の保護者の収入階層の構造が一定方向に向かう傾向などないという反証(上の記事のリンクなど)がでているのですから…。


 東大を出たから、有名大学に行ったからといってその後の収入がきちんと高いところに確保されるというのはあり得ないでしょう。もちろん学歴偏重の傾向はまだまだありそうですが、それはネオリベラリズムがどうとか言われる以前から問題視されていたものです。それにだいたい東大入学者の背景をシンボリックに使おうというのが無理筋だと思います。東大入学者は平成17年度で3167名。毎年このぐらいの人数しか入らないところが、一つの階層・階級の再生産をするところとして十分なわけがないと私は考えます。
 もともと大学は高収入を確保するための装置でも、社会内の階層の流動性を担保するための機関でもないのです。


 この議論は教育制度をめぐる問題として社会学で採り上げられていました。私が最初にこれに類する話を読んだのは、総合雑誌での苅谷剛彦さんのインタビュー記事だったと思います。4年ぐらい前のことでしょうか。そこには母親の学歴と子供の学習意欲の相関についてのグラフがあり(こちらのページにあるものと同じだったと思います)、それは「高校生の学習意欲と母親の学歴には相関がある」というもので、さらにそこでは「子どもの学力・学習意欲の調査結果と保護者の階層のクロス集計では、保護者の文化的階層が低いグループほど学力や学習意欲が低いという結果が出た」ということも語られ*1、母親の学歴が子供の進学に影響しているように見えるというところだけ強く印象に残っておりました。


 それが昨年あたりからでしょうか、ちょっと当時の苅谷氏の「社会階層間学力格差」とは異なったニュアンスで、社会階層の固定化>「階級社会」・「階層社会」ということを論じる方を散見するようになってきました。最初はちょっと違う議論かと思って(というより苅谷氏の研究を思い出さずに)昨日書いたようにちょっと変だなと思ったりしていました。苅谷氏の研究はあくまで教育政策に関する問題の提起であり、保護者の文化的階層の差異によってインセンティブ・ディバイド(誘引格差)が存在するというお話だったからです。
 しかしいくつかの議論には苅谷氏のお名前もあり、さすがにあの研究からの流れではないかと思うようになりました。それにしても話の筋は膨らまされ、教育に関する議論が捨象されてしまっているのが解せません。


 ネオリベラリズム批判にこの話を使いたい方々は、学歴偏重、ひいてはそれで「特定の階層が“おいしい仕事”を得てしまう社会」というものを自明の前提にしてしまっている感があります。問題はまず教育から社会へ考えられていくべきではないでしょうか? もともとの文脈を離れては、せっかくの苅谷氏の研究の意味がありません。問題にすべきところを先に新保守主義批判においてしまった上での「ためにする議論」は止めて、この問題「社会階層間学力格差」はきちんと考えていかなければいけないものだと思います。まず教育の面で、そして教育と社会の関わりの面で、そしてその次に社会のあり方について議論が再考されるように望みます。


 大学に行きたくてもいろいろな事情で行けなかった人がいるのも知っています。小学校の友達を考えれば、たいてい一人や二人、あるいはそれ以上そういう子に気付くでしょう。しかし能力があって他の事情で高等教育を断念したという人を何とかできないか、という問題はネオリベラリズム云々の前からあるもので、それに対する手当てはちゃんとどういう政権下でもできると私は思っています。
 蛇足で申しますと、きちんとした議論をしていただけるならネオリベラリズム批判にも傾聴すべきところはあると考えています。昨日、今日批判したのはあくまでも「時流にのった」ような杜撰な議論ということで、それだけは申しておきたいと思います。

*1:詳しくは上記ページ「社会階層間学力格差」をごらんください。今私のソースが手元にありませんが、こちらで紹介されているものと同じだったと記憶しています。こちらのサイトでもネオリベラリズムと絡めたような話になってしまっていますが…