隣は何を…

 旧聞ですが、おとといの天声人語などを枕に…
 【天声人語】2005年12月03日(土曜日)付

(前略)
 PTAなどが巡回し、安全マップを作ったそうだ。親や学校、地域の人たちが死角をなくそうと必死になっている様子がうかがえた。そこへ、茨城県で幼い女の子の遺体が発見されたとの報が入ってきた。そして夜には、栃木県内で行方不明になっていた女児と確認された。子どもを守ろうとする努力への挑戦にすらみえる。


 広島市の事件で逮捕された容疑者は犯行を認める供述を始めた。弁護士に不可解なことを言ったという。「悪魔が自分の中に入ってきて体を動かした」。日本の通学路は「悪魔」の所業を許すような恐ろしい道になってしまったのか。


 遠い昔、小学校に通った道には、地域の人たちの幾つもの目があった。何か変化が見つかれば、その信号は波のように伝わっていくようだった。今は見知らぬ人が居ても必ずしも変化とは感知されないし、都会は見知らぬ人で満ちている。


 先日のコラムは、幼い子の頭をなでるようなしぐさで「子ども」を表す手話のことから書いた。九州からのお便りに、こんな一節があった。「『愛す』『大切にする』の手話は、円を描いた手の下にもう片方の手をそえます。寒い時、手の甲をこするように」


 幼い子のいる人もいない人も、手と手を合わせて、「守る目」をつくれないものだろうか。

 私が住む関東の地方(東京駅から高速バスで一時間ちょっと)あたりでも、新しく引っ越してくる人(私を含む)の割合はそれなりに多く、地域コミュニティーがしっかりしているという具合ではありません。私は犬の散歩などでご近所とうまく知り合えた方ではないかと思うのですが、都会並にご近所と没交渉とか古株に入るけどDQNなご家族とかけっこういらっしゃって、散歩中に挨拶を交わす小中学生も5割ぐらいという感じです。(無理に声をかけて警戒されるのもいやですので、会釈して無視されてもスルーします 笑)


 このぐらいの地方コミュニティーでも、見知らぬ人をいちいち疑って警戒するのは正直現実味がないです。幹線道からはちょっと離れた住宅街ではありますが、行き来する人は様々ですし、極端に怪しい人というのもどこで判断し、どう対処するかなど決めかねます。都会でなくても「見知らぬ人」は多いのです。


 天声人語のこの提言

  地域の人たちの目で
 >変化=見知らぬ人を感知し
 >子供たちを「守ろう」

 というのはどこか空論に聞こえてしまいますし、考えようによっては「監視社会」を作ろうという呼びかけになっています。いつから宗旨替えしたのかわかりませんが、おもいきりこれは「見知らぬ人」=Strangerを危険視しようという提言で、「外国人」=Strangerと共生しようという発想の真逆ですね。 現在の状況をネガティブに捉え、過去を理想化するあまり自分が何を言っているのかわからないという感じです。単純に昔はよかった的な話を聞いたときは、ちょっと眉に唾したほうが良いと思っております。
 個人的には自分も一つの「守る目」になろうとは考えておりますが、これは昔に戻ろうというノスタルジックな行為とは考えておりません。私も引っ越してからまだ二年を過ぎず、言ってみれば新参の異邦人です。そういう立場を含んで、新たにコミュニティーが何か方向を考えていくべき時なのだと思っています。


 さてそういえば

 秋深き 隣は何をする人ぞ  芭蕉

 というのがありましたね。これは芭蕉51歳の時の句(元禄7年9月28日)で、この句を作った次の日から彼は病重く寝込んでしまい、10月12日に永眠しております。辞世とされる

 旅に病で 夢は枯野をかけ廻る  芭蕉

 の直前に作られたもので、病中吟の後者が多少なりとも人目を考えていたとすると、感情を自然に詠み込んだものとしては「秋深き」が最後の作と言えるかもしれません。


 人口に膾炙しているのは「秋深し 隣は…」というものですが、実は「深し」と終止形にしてここで句を切る方が道理にはかなっていて、「深き」という連体形ならばそれがどの語にかかるのかははっきりしないのです。芭蕉の意図がどこにあったかを想像して解釈するのは興味深いですし、必ずしも「秋深し」の句が間違いと考える必要もありません。ただ、これを「隣人のことがわからない(から不安)」などとする俗流(今風)解釈は間違っているとは言えます。


 隣人へのプライバシーなき干渉はすでに許されるものではないかもしれません。しかし芭蕉が詠んだ句にあるような「隣人への関心」はなくさずに、地域コミュニティーの中で生きていきたいと思っています。