集団性と個人性

 駒澤大学池上良正氏は、『死者の救済史―供養と憑依の宗教学』角川書店、2003、などの著書で、前近代における日本人の死者との関わりを「祭祀(祀り)」と「供養」の二つのシステムの競合と併存というモデルによって考察されています。
 これは単に従来の神道と仏教の枠組みで日本の宗教シーンを捉えるものではなく、むしろその教義や理念に縛られることなく実際の信仰のあり方を探るという試みであると思います。そしてそこで明らかにされたのは、この二つのシステムがともに

 「不安定で落ち着かない死者イメージ」を「安らかで落ち着いた死者イメージ」に転換する

 という働きをしているということでした。
 「祭祀」は、地縁・血縁を基盤とした集団的な死者への関わりを担いました。これはその集団の維持・存続に与って働くものです。また後に仏教とともに入ってきた「供養」は個人的な死者への関わり、特に「死者の救済を媒介とした生者の主体化」という役割を担っていたと池上氏は考えます。
 そしてこの二つは、競合しつつも互いを排除する形ではなくむしろ互いに強化・補完しあうような形で発展し、中世末からのイエ制度の確立とともに「先祖祭祀」と「死者供養」の側面で分ち難い結びつきを見せていったのです。日本民俗学で言われるところの信仰の重層性に、この考え方は一つの新たな方向性を示すものだったと私は思います。


 さてその池上氏は、最近靖国神社(信仰)について論を進められ始めています。私が読ませていただいたのは次の二つの論文です。

 池上良正靖国信仰の個人性」、駒澤大学『文化』第24号、平成18年3月、駒大文化学教室(ISSN 0289-6613)
 同「死者の「祭祀」と「供養」をめぐって」、『死生学年報2006』東洋英和大学、2006年3月

 これらは共に靖国信仰を集団性の見地だけでなく個人性の点でも捉えてみようという考察で、靖国論議に新たな見方を与えてくれるかもしれないものではないかと思いました。


 そこで氏によって挙げられる靖国の個人的信仰の側面は、(1)永代神楽祭、(2)花嫁人形の奉納、(3)遊就館での故人遺影の展示、というものに代表されるものです。池上氏は、靖国神社の信仰の国家に関わる集団的側面には無条件で賛成とはされませんが、実際の人々の信仰のこの個人的側面を軽く見るわけにはいかないと考えられているのです。
 また氏は、来世志向的な「祭祀」や「供養」に加えて、近世から近代へかけて現世志向的な「顕彰」という死者との関わりが生れてきたのではないかと捉えられてもおります。

 きわめて図式的にいえば、地縁・血縁共同体を基盤に死者を「祀る」という在来の「祭祀システム」に対して、まず古代末〜中世に、第一の大きな亀裂が生じた。これが「供養システム」の定着であった。それは「集団性」に対して「個人性」を強調するものだった。
 さらに、近世〜近代に、第二の亀裂が生じた。これが「顕彰システム」である。それは「祭祀システム」の「集団性」を保持しつつ、「来世志向」に対して「現世志向」を強調するものだった。
 …近代日本における死者へのさまざまな観念や働きかけの実践様式は、この三つのシステムが複雑にからみあうかたちで形成されていった、というのが、筆者が現時点で考えている全体的な見取り図である。
 (死者の「祭祀」と「供養」をめぐって)


 靖国神社の信仰に関しましてはもとよりその「集団性」に焦点があてられ、首相の靖国参拝に反対する側も賛成する側も、どちらも「個人的な参拝」という首相の言明に大いに不満を持つという妙な構図があるように思われます。
 しかし実際に靖国に対する信仰は、全くの個人的次元でも行われているのであり、私はその部分は「信仰の自由・内面の自由」として守られて欲しいと考えておりますし、靖国に関わる議論がこの側面を抜きに政治化するのには賛成いたしかねるところでした。


 永代神楽祭については

 集団的性格をめぐる議論が取り沙汰されることの多い靖国神社にあって、一年の三六五日間休むことなく、遺族が個別の死者と向き合う行事が続けられていることは、あまり知られていない。それが、戦没者の命日とされる日に遺族が参集して営まれる、永代神楽祭である。靖国における祭祀体系のなかでは、「遺族・崇敬者の申出により行う恒例特殊祭」のひとつに位置づけられている。
 (靖国信仰の個人性)

 花嫁人形については

 遊就館や参集殿の控室には、遺族が納めた花嫁人形がいくつか展示されている。花嫁人形の奉納は一九八二年以来、約一八〇体になるという。白無垢姿、赤の打掛けなど市販のケース入り人形に、祭神名と奉納者名を書いた札や色紙などを納めたものが多く、軍服姿の祭神の写真を添えたものもある。未婚の戦死者をあの世で結婚させるという意味がこめられており、広くは冥界結婚と総称される習俗の一形態といえる。最初に奉納を申し出たのは佐藤ナミという北海道の女性で、沖縄戦で戦死した息子のために、靖国神社での受け入れを希望したようである。
 (靖国信仰の個人性)

 という記述がされていますがどちらも私には初耳でしたし、こういうディテールを知った上で靖国を考えていかねばならないと痛感させられました。
 いずれにせよ靖国信仰を語る上で「集団性」にのみ偏った議論は、何か大事なものを忘れているように思えておりましたので、今後もまた池上氏の論考に注目して参りたいと思います。これからどのように展開していくのか、期待しております。興味がある方はぜひ上記論文に目を通されるか、あるいは入手容易な『死者の救済史』だけでもお読みになることをお勧めいたします。