英語が「喋れる」から何?

 小学生に英語を必修させる必要があるのか?内田樹の研究室)を読んで一言。


 オーラルでの外国語の上手下手をありがたがるのは、その外国語に死活問題の価値を握られている植民地の人と似たような状況じゃないかと。つまりわけもわからずに「英語がしゃべれるのはイイコト」と思うのは、植民地根性と呼ばれるようなことではないかと思います。その意味で内田氏のこの記事には賛意を。


 使えない喋れないと散々に言われた頃から、日本語訳された英語文献(だけでなく他のヨーロッパ言語でも)は質・量ともにどのアジア諸国より上とされてきていたはず。いまだに英語などの外国語を習得しなければ専門の学問分野が成立しない旧植民地の国々がどれだけ多いことか。


 必要なら読み書きできればいいし、さらに会話も必要なら必要に応じて喋れれば結構。それだけのことでしょう。知り合いのデトロイト生まれの帰国子女(小学校低学年で帰国)も、実は大学入試前あたりには幼少時に身につけていた英語はほぼ無に等しい状況だったと話していましたし、それで極力止めたのですが、実は十数万する「幼児向けの英語の教材」を買ってしまったのがうちの妹…orz