試験技術

 ロイターのニュースで、英国の学生、試験用紙に落書きして点数もらうというのがありました。

[ロンドン 30日 ロイター] 英国で行われた国語のテストで試験用紙に「ののしり言葉」を落書きした生徒が、つづりの正確さと有効なコミュニケーション力を評価されて2点をもらったと、6月30日付の地元紙タイムズが報じた。


 試験責任者によると、この生徒は国語のテストで「今自分が座っている部屋について述べよ」という設問に対し「失せろ」と書き込んだ。同設問は27点の配点だったところ、同生徒には2点が与えられたという。(後略)

 妙なことを書いて点を貰うというのはたしかに面白い話ですが、「失せろ」ではあまりにも洒落っ気がありません。日本ではかつて白紙答案しなければならないような難しい問題に対しては「だるまの絵」を描くという伝統芸があったはずです。

 手も足も出ない

という意を込めて。
 ただしこれもあまりに皆がやり出すと鼻について洒落っ気が失せてくるもの。数学者の森毅氏も自著の中で、延々最後まで粘ってだるま一体を書いて出してきた学生に「君はだるまを書くのに1時間以上かかるんか?」とコメントしたことを書かれていました。退出時間でさっと出て行けば、まだ評価してもらえたかもしれないのですが。
 またその本で森さんは、

 この試験に通らなくても通っても別にいいんですが、たぶんこれを落としたら自分は卒業できません。まあそれは自業自得ですし構わないんですが、実は家には嫁と小さな子供がいまして…

 というように身の上話ともつかず愚痴ともつかないようなことを長々と書いてきた学生のことを書かれていました。今ちょっと探してみたのですがこの本(確か講談社文庫)は見つからず、結局この学生に点をやったのかどうかは思い出せません。
 森さんだったら評価はちょっとするけど不可。というのがありそうな話と思いました。


 探しついでに森さんの本で見つけたのが中公新書607の『数学受験術指南』です。昭和56年の初版を買っていますから、たぶん高校の時に買っていたのでしょう。これは本当に面白い本でした。たとえば第一章「受験は精神より技術で」を紹介しますと

受験にヤマトダマシイはいらない
 …「できるだけ努力しないで、できるだけ気楽に、受験をやってのける法」のすすめ
技術こそ現実的
 …「受験技術というのは努力の集積ではない。ただただ、時間と労働をつぎこむことではない」「受験場で、解き方のわからない問題に出あったときに、どう対処するかということ」
一に要領、二に度胸
 …「技術とは、なにより要領である」「心理的なものの制御というのは、そう簡単ではない」
受験における心理的なもの
 …「心理的なものは、つねに諸刃の剣になる。だいたいには、そこでつねにオプティミスティックに、よい側の結果だけを考えるようにしたほうが、受験にはトクだ」
勉強を時間ではかるな
 …「何時間も机に向ったって、どうということはない。それは「勤務時間」を消化しているようなものだ」「むしろ、グーッとのめりこんだり、ときにボケーとしたり、そうしたリズムをものにするほうが、有利なものだ」
精神安定剤としての勉強
 …「毎日、ある程度、机に向かうと、なにかやったつもりになれる。それは大事なことだ。しかし、もしも逆に、机に向かうことが強迫観念となって、精神の安定を乱しているようなら、キッパリと、しばらく机から遠ざかってみることをむしろぼくは奨める」
居直りのすすめ
 …「イジケには、イジケなりのズーズーしさがある。ドジには、ドジなりのズーズーしさがある」「ズーズーしさとは、自分に居直れることだと思う。結局、自分の心とは、自分が持って生まれたようにしかならない。そのかぎりで、気楽にやってのける」
リラックスしていこう
 …「タフな奴は、鬼軍曹のところへ行きたまえ」「無理に燃えたりするより、クールに要領を身につけたほうが、受験にはトクだ。大学入試は、高校野球ではないのだ」
不確実な合格
 …「絶対を求めることは、もともとできない。それに、受験には運不運はつきものである。調子のよしあしもあるし、問題と自分との相性だってある」「学力といったものが、そんなに正確にはかれないものである以上、不確実なのは仕方ない。そして、人生には、不確実なことのほうが多いものであって、受験だってそうしたものだ」
小さなことを気にするな
 …「こうした不確実な状況に対処するコツは、小さなことにコセコセしないことだ」
問題は難しくても気にするな
 …「難しい問題は、だれにも難しい。問題が難しければ、シメタ、これは他の奴にできないぞ、と思うことだ」
完全主義のウラをかく
 …「科目数の少ないのを喜ぶのも、妙な話だと思う。普通は、科目数が少ないほうが完成を要求されがちだし、科目数の多いほうが、エエカゲンのオーザッパが通用しやすい」
個性で勝負
 …「入試のような競争試験では「人並み」では通らない。他人と違うから、通るのである」「他人と同じ方法で、他人と違うようになる方法はなにか。それでは、他人よりガンバルことしか残らない。それは、格別にタフな奴のやる方法である」「自分を知り、自分の個性を見出していくことが問題になる。それは易しくはない」
自分に眼を向ける
 …「みんなが外に眼を向けているからこそ、自分に眼をむける習慣を持っていると、すごく有利になる」「自分を観察する癖を持っていると、自分の個性もはっきりしてきて、自分流のやり方が自然に生まれてくる」「他人を気にするぐらいなら、自分を気にしろ」
技術とはキミ自身の技術 
 …「本当のことを言うと、この本に書いていないやり方、キミだけのやり方を、見つけてほしい」「ただし〈技術〉というものには、どうしても普遍性があるものだ。むしろ、徹頭徹尾私的であることによって、普遍性が得られる、とぼくは考えている」「精神主義というのは、技術の反対物であって、技術こそ個性的であり、そして、個性的であることによって、普遍的になれるものだと思う」
受験技術は人生修行
 …「ガンバッたりしないでゴマカス法というのは、案外に、一生を通じて役にたつものだ、と考えている」「受験技術だって、人生修行なのだ」

 実はこういったこと(森さんの言葉の影響)が、今に至るまで自分の考え方の中にあるんじゃないかと、自分でも再読して何となくビックリです。