ふと…

 右だの左だのといった区別は有効ではない…と言われだしてからもう10年や20年にもなると思うのですが、なぜかいまだにそれに近い(と思われるような様相の)ああだこうだといった論争を見かけます。いったいどうしてなんだろうと、実際には有効な思想的軸として現存するものがなさそうなのに…と考えていて、ちょっと思いつきました。
 もしかしたら現今の対立(的)図式は、過去を美化して現在を否定する人たちと理想の未来を夢見て現在を否定する人たちが作り上げているもの、という側面があるんじゃないかと。
 双方とも現実を不十分なものとネガティブに捉えるところは共通で、ただその現実より善きものと思い描くのが過去にあるか未来にあるかというところがどうしても相容れない。そのため不倶戴天の感を抱き合ってああだこうだやっている…そういう部分もあり得るかなあと思えたのです。
 それがどの程度の部分そうなのか、まだ思いつきなのではかりかねますが、実態がそれに近いものならばもちろんどちらにも関わらない第三、第四の方向は当たり前にあると思いますし、右でなければ左、左でなければ右とかいった無体な選択を迫られる愉快ではない状況もずいぶん変わるのに、と思えますね。