ガンになりやすい性格?

 怒りや悲しみなどの感情の表出を抑え、控えめで反抗的でなく、協調的で人のために尽くす…そういった人がガンになりやすいんだとか何とか。微妙にありそうと思えるところが興味をそそるのでしょうが、結局はデータとその検証次第でしょう。
 頭からトンデモと決めつける気になれないのは、心身相関医学(Psychosomatic medicine)というジャンルに興味を持っていたからです。ヒトの感情が生理的な変化を起こし、それで健康を害することがあるということ自体は確かにあるのです。
 キワモノじみた話ですが、人類学のほうでは「ヴードゥ・デス(Voodoo death)」なる事例が認められています。呪いや呪詛を投げかけられ、あるいは邪術をかけられたと認識した人間が実際に死んでしまうという事例です。呪いや邪術が実際に有効であると考えるのでなければ、信仰や信念の所為で身体に変化が起きると捉えなければ説明がつきません。
 1920年代にオーストラリアで調査を行った文化人類学者のW.L.ウォーナーの研究報告を元に、生理学者のW.B.キャノンが「American Anthropologist」という雑誌に1942年に発表し、注目を浴びるようになりました。(ですからここでの「ヴードゥー」はあくまで象徴的な命名、呪いによる〜ぐらいの意味です)
 ウォーナーの報告では、白人の医者のもとに現地の男がやってきて「自分は呪いをかけられたからもうすぐ死ぬ」と言ったそうです。そしてその男を診察しても異常はなかったのですが、実際彼は次第に衰弱して死んでしまったのでした。
 キャノンは、呪詛されたり邪術をかけられたと信じた人が恐怖に襲われ、交感神経に障害を起こし、血圧が極度に下がって心臓が衰弱。さらに彼らが(もう自分は死んだと)飲食を拒否するため、身体がさらに衰弱してついには死へと至ると推測しました。他にもこの「ヴードゥ・デス」については、暗示による身体変化について他の要素が指摘されたり、直接データを取らない限り怪しいとされたりしましたが、精神医学者のH.D.イーストウェルは60年代末から実際にオーストラリアに入って事例にあたり、直接の死因は脱水症によるものと結論づけたりもしています。

 1979年に一人のナムブルワー族の若者が慢性腎炎にかかり、最初の症状が出てから一ヶ月後に死亡した。彼の経過は次のようであった。この20歳の青年は、若い魅力的な女と結婚したのだが、その後すぐに体重が減少しはじめ、性的不能におちいった。
 その後彼の妻は、結婚前に夫のライバルとして彼女を争ったことのある男と交際を始め、それを知ったその若者は非常にうろたえた。その混乱は、両親が息子の身体的衰弱の原因はライバルの男が息子のビールに呪いをかけたためである、と主張し始めてからはいっそう強められた。
 居住地域の診療所での検査で、彼の腎臓機能が低下していることが明らかになったので、飛行機でダーウィンへ運ばれ、そこの設備が整った病院に入院した。病院では血管と口に管を通して治療を施そうとしたのだが、彼はその管から自分の生命源を吸い出されると考えて逃げ出し、飛行機をやとって自分の家へ帰ってしまった。
 そこでは両親が息子の死に対して報復しようと計画を立てている最中であった。彼の腎臓機能はいっそう低下し、心臓機能も悪化して間もなく死んだ。

 確かアメリカの黒人女流文学者の作品で、某黒人女性が居丈高な白人女性に復讐するために、「あなたの髪の毛を一本ちょうだい」とにやりとしながら言う場面があったと記憶しています。白人女性はヴードゥーの呪いなんて信じないという方でしたが、怖くなってそれを拒否。どこで毛髪や皮膚の一部が取られるかわかったものじゃないという恐怖に駆られ、髪も梳かさず、外出もせず、家に閉じこもりっきりで廃人のようになり自滅。黒人女性の復讐は果たされた…といった筋でした。
 人間の気持ちは、ことほど左様に難しいものなのです。


 私の関心はこういったものからでしたが真面目にこの種の研究をされている方々はいらっしゃいますし、アメリカではAPS(American Psychosomatic Society)、日本にも日本心身医学会というものがあったりします。
 ガンになりやすい性格があるのかないのかということについても、結局はデータをちゃんと取って、裏付けるまで本当のところはわからない、ということなのでしょうけれども…。