改正臓器移植法(A案)成立

「命の線引き許せない」=反対派が会見−臓器移植法時事通信
 ここで情緒的な議論をしても時すでに、ですし、むしろ今回の改正案の推進力として「子どもの移植を待つ(もしくは待った)親」の気持ちが情緒的に流されていたことを考えれば言わずもがなかなと感じます。また「人の生死を決める法律がボタン一つで決まってしまうこと」をあげつらっても仕方がないのです。
 それでも、

 臓器提供には拒否権があるが、中村さんは「拒否した後に守ってもらえるのか不透明だ」と指摘。「人工呼吸器をつけた子の親の会」の大塚孝司会長が「いずれ治療の打ち切りや、尊厳死につながっていく」と不安を代弁した。

 この点については実際の運用や法の見直し、そして何より輿論やメディアの扱いによって不安をぬぐい去る方向には進めることができると考えますので、貴重なご意見・意志を是非そちらへ向けていただきたいと思います。


 あの「阪大事件」において、駅で殴られて意識不明で病院に担ぎ込まれた男性の妻に執拗な臓器提供への同意が求められたと伺っています。そういうことも含めて反省の上に臓器コーディネーターが存在しているとは言え、類似のことを絶対に起こしてはならないと考えます。
 また「脳死が一般的な人の死」と認識されていくに連れ、医療者と家族の治療方針の齟齬や保険の適用の問題(これが一番大きいことでしょう)が徐々にあらわになってくるはずです。そういう時には、患者側の意見が無下にされないよう私も声を上げたいと思っています。納得できない加療の打ち切りは確かに恐怖だと感じますし。
 尊厳死云々については、本人の意思―自己決定権重視の方向が変わらない限り家族の助命への意志が強ければ問題ないことでしょう。ただしここでもっと怖いのは、本人の意思とは関係無しに家族が「負担を減らしたい」と思った真逆のケースなのでして、それはどこかでシステム的に考えなければいけないところです。


 あと、いくつかの記事で「これまで禁じられていた15歳未満の子供からの臓器提供が可能となる」というような表現が使われていましたが、これはミスリーディングなもの(あるいは記者の不勉強)でしょう。
 今までも臓器移植法は15歳未満の移植を直接に禁じていたわけではありません。
 ただし「本人の意思表示」を何よりの要件としていたので、ガイドライン

 臓器の移植に関する法律における臓器提供に係る意思表示の有効性について、年齢等により画一的に判断することは難しいと考えるが、民法上の遺言可能年齢等を参考として、法の運用に当たっては、15歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこと

 という一文が明記されていただけのことなのです。
 本人の意思というのが絶対の要件ではなくなった現在(私にはこれは後退にしか思えないのですが)、ガイドラインの縛りが意味をなさなくなり、15歳未満の臓器提供に道が開けたというだけのこと。
 確かにこれが救いの綱(に見える)方々もいらっしゃるのでしょうが、一年後からどんどん臓器移植が(小児患者の事例を含めて)増加していくという具合にはならないでしょう。希望として移植可能性はあっても、それができずに亡くなるケースは海外でも非常に多いのです。
 そして状況がなかなか改善しない時に、ドナー候補とされた方のご家族に妙なプレッシャーがかけられることがないように、それは見守っていきたいと思っています。
 結局、誰かが死ななければレシピエントの方に臓器は渡らないのです。現時点では移植医療はそういう特例的なもの、必ずしも皆喜ぶ構造にはなっていないことだけは忘れられない点です。