Dr.マッコイのお話を受けて

 id:drmccoyさんに今日のエントリーで強力なエール(笑)を送っていただきましたので、少々書かせていただきます。ごく普通に今の日本で暮らされている方の「宗教」の受け取りかたとして、こういう具合なのだろうなと興味深く読ませていただきました。おそらくそこらへんには配慮が足りない(と申しますか舌足らずの)書き方になっていたのだろうなと思います。反省の種でもありますが、そこはまあ、自分の日記ですからご寛恕いただいて…(笑)。


 ご存知のように「宗教」という言葉は江戸末から明治にreligionの訳語として現れた比較的新しい言葉です。その点で宗教という概念自体は、未だ日本の中でもきちんとした位置づけをもっていないのかもしれません。
 にもかかわらず確かに「宗教」にあたると考えられる行為・感情・働きなどなどは明治以前(というより往古より)もちろん日本にも存在しておりました。たとえばそれは「信心」であり、「ご先祖」であり、様々な生活習慣の中に溶け込んだ「儀礼」であり、「験かつぎ」であり、「死生観」なのです。


 宗教という言葉が包む範疇は、何も教団とか組織、教義や経典、寺社仏閣等の宗教施設、祭礼や葬送儀礼などの行事…にとどまるものではありません。素朴な死生観や他界観、人間観、世界観、そういうもろもろの見方、人が人として生きるその根底に宗教的なるもの、「聖なるものとの出会い」があると考えることもできるのです。


 抽象的な話だけでは面白くありませんね。たとえばお酒の話をいたしましょう。「さけ」の語源として今語られている説で最も確からしいのは、美称の接頭語「さ」のついた「饌(け)」=(神の)食べ物、つまり「神様の食べ物=飲み物」と考えられたから「さけ」と呼ばれたという説です。*1
 日本では、酒はまず神様に供えられました。その神様の飲み残しを飲むのが、直合(なおらい)です。その際もともとの儀礼的習慣では、泥酔するまでお互いに無理に飲ませ合ったとも言います。その酔った状態が神様と一体化(神人合一)したということに受け取られたらしいのです。まあこれも「聖なるものとの出会いの技術」だったのでしょう。
 「人性酒を嗜む」と『魏志倭人伝』で描写された古代より、現代にいたるまで日本人が他国に比べて酒のみに優しいというのも、こうした「宗教的」起源がある(かもしれない)のです。


 何か話がずれてきているようですが(笑)、一つ申し上げたいのは靖国神社に参拝するのは宗教的行為だということです。また他の宗教と角逐するばかりが宗教ではありません。教団・教義を持つ集団に参加していなければ宗教的ではないとも言えません。「宗教的な意識があいまい」という表現をなさっていましたが、曖昧も何も靖国で「死者の慰霊・追悼」を意識すること自体が、深く宗教的行為であると私には思えます。


 たとえば文化と言い、伝統と言えば「宗教」とは関わらない、というわけではないのです。
 この話は仕切りなおししてもう少し練った言葉で語りたいですね。ひとまず区切って出直させていただきましょう。(酒と宗教の話などネタはたくさんありますから、そちらの方もいいなと今思いつきました。これはマッコイさんにお礼を申さねば…笑)
 
 
 最後に一つだけ。私の言葉が「すべての戦没者が対等に弔われるのでない限りは、国は靖国神社千鳥ケ淵戦没者墓苑で追悼行事をしてはいけない」と受け取られたとしたら、それは書き様の未熟さゆえ。お恥ずかしい限りです。ちょっと違います。
 私の考える「あるべき国の戦没者追悼行事」は、すべての戦没者に対してのものであってほしい、ということです。国でやるとすれば、ですよ。戦死者のご遺族や子孫の方が、ご自分たちの哀悼を表す行為に対して何も口を挟むことはありません。ただ私の家では、たまたま祖父は年が行き過ぎで父はぎりぎり若すぎ、近い親戚中で一人の従軍者も戦死者も出しておりませんので、靖国神社は自分には縁無き信仰だと思っていた、ということです。もちろん日本は民主国家ですから、民意が靖国での戦没者追悼を選べば、それはそれでありだというぐらいには思っております。


 明日までに書けるか、もう少し先か、とにかく日を改めてまたお言葉にできるだけ応えさせていただきたいと思っております。ありがとうございました。

*1:他に江戸期の説としては「栄え水」の転。「くし」(奇し)の転。などというものがあり、大言海の著者大月文彦の、鳥のことを「とと」というように、酒のことを「ささ」といった幼児語が、いわゆる女房言葉(女性言葉)となって一般化したという説などもあります。また民俗学者で「さ」という言葉を重要視し、「さけ」を「稲の魂」の意で解釈する人もいます。「さなえ」、「さなぶり」といった農業言葉の「さ」はそれであり、また、さくらの「さ」も、「さ」(稲の魂」がいるところ(くら=座)ということでした。