被災者の言葉

 ニューオリンズの街を覆う水は当初の悲観的な予想よりも大幅に早く排水できそうで(テレビで来月初旬にもという言葉を聞きました)、復旧もそれだけ早くなるでしょう。喜ばしい限りだと思います。そしてブッシュ大統領は率直に問題を認める方針を取るようで、すべてのレベルの政府の対応能力に「深刻な問題」があることがわかったとして「連邦政府に関しては、わたしに責任がある」と述べています。この時点で責任のなすりあいなど全く無駄ですから、これもまた被災地のためにはプラスになるでしょう。


 さてそんな中、興味深い次のようなニュースを目にしました。
 黒人と白人でカトリーナ対応批判に温度差 CNN調査

2005.09.13 Web posted at: 13:44 JST - CNN
(CNN) CNNは12日、USAトゥデー紙、ギャラップ社との共同世論調査で、米南部を襲った大型ハリケーンカトリーナ」の対応について、人種によって批判に温度差がある結果が出たと明らかにした。(中略)


ハリケーン直撃後に連邦政府の救助・支援活動が遅れた理由について、「人種は要因だったか」との質問に、黒人回答者の60%が「はい」と答え、「いいえ」は37%だった。一方で、同じ質問に白人回答者の12%が「はい」と答え、「いいえ」は86%に上った。


連邦政府の救済が遅れた要因は「被災者の多くが貧しいからだと思うか」との質問には、黒人回答者の63%が「思う」と答え、「思わない」は35%だった。同じ質問に、白人回答者は21%が「思う」、77%が「思わない」と答えた。

 カトリーナの被害の人災的側面は日本における報道でも強調されてきました。予算措置で堤防に対する大規模な補修が後回しにされていたという話は、いずれの所においても教訓になるものだと思います。しかし、救援の遅れに「人種的な差別」の要因があったという裏のストーリーが「幾人かの黒人の証言」によって垂れ流されているように見えたのは、かなり問題がある報道姿勢だったと考えます(たとえばこちらの記事など)。(テレビ朝日ワイドスクランブルなかにし礼氏が人種差別的陰謀論を喋っていたのには唖然とさせられました…)


 災害の時は被災者の言葉、感情をできるだけ尊重すべきだとは思います。しかし被災者の言葉だからと言って、すべて本当のこととは限りません。救援の遅れという被災者の目に見えないところの動きを、彼らが客観的に判断できるはずもありません。被害を受けて「誰かの所為にしたい」「何かを憎みたい」という心理も動いていたと思います。検証も無しにメディアはこういう類のことを煽ってはいけないはずです。上記のアンケート結果も、陰謀説などの客観性のなさを傍証するものではないかと考えます。

冠水したニューオーリンズに多くの市民が取り残されたのは誰の責任かという質問では、黒人回答者の37%がブッシュ大統領を挙げた。続いて27%が「誰の責任でもない」、20%がネーギン市長、11%が住民自身と答えた。
一方で同じ質問に白人回答者の29%がネーギン市長の責任と答え、次いで27%が住民自身、24%が「誰の責任でもない」と答え、ブッシュ大統領の責任だと答えた人は15%に留まった。


カトリーナ」被害の対応で連邦政府に怒りを感じると答えた人は、黒人回答者が76%、白人は60%。


ブッシュ大統領の対応については、直後の対応は良かったと答えた黒人回答者はわずか15%、ここ数日の対応は良かったという黒人回答者は36%だった。一方で白人回答者の49%が、被災直後の大統領の対応を評価し、ここ数日の大統領の対応は63%が評価した。 (中略)


ブッシュ大統領は黒人市民のことを気にかけているかという質問で、「はい」と答えた黒人回答者は21%に留まったが、白人回答者の「はい」は67%に上った。 (中略)

 もちろんもともとこのような意識調査で責任の軽重が量られようはずもありませんが、少なくとも人種という「立場」による印象でこれだけ責任者や問題点に関する意見が割れるということから、当初の被災者幾人かの声で「差別」だの「ブッシュが悪い」だのという論調にメディアが動いた(ように見えた)件は、はっきり不適当であったと結論付けられるでしょう。(連邦政府の不手際に対する怒りは立場に関係なさそうです。こういう被災者の感想は後で生かせる類のものだと思います)

ハリケーン直撃直後にニューオーリンズで商店の略奪が横行したことについて、白人の半数は犯罪者による犯行だと答えた。一方で黒人の77%は、生き延びるのに必死な人たちの行動だと答えた


被災地から避難した被災者を「refugee (難民)」と呼ぶことに抵抗を感じるかについては、黒人回答者の77%が「はい」と答えた一方、白人は37%に留まった。


対応の不手際を非難されたブラウン連邦緊急事態管理庁FEMA)長官の辞任前に実施されたこの調査では、黒人回答者の54%、白人回答者の45%が、ブラウン長官は罷免されるべきと答えた。


回答者を人種別に分類しなかったCNN世論調査では、ブッシュ米大統領の対応を評価しないという回答は54%だった。


 略奪の開始に関する経緯の情報として、米国在住の作家冷泉彰彦氏の「天災と人災」では

…この地域ではリーダーシップが機能しないまま、事態は常に最悪の結果を招いてきました。その最たるものが、この治安の崩壊という形で現れたのだと思います。きっかけは略奪の横行でした。ハリケーンの去った直後から、全市停電という事態の中で、市内で商店を略奪する動きが始まりました。

 最初は警察当局が取り締まりをしていたのですが、その取り締まりが緩んだのです。他でもありません。ルイジアナ州のキャサリン・バビヌー・ブランコ知事(民主)が、略奪の容認とも取れる発言をしてしまったのです。火曜日の時点で「何もかもを失った人間には同情の余地もあります。それに、今は生存者の救出を最優先にすべきです」というのが発言の内容でした。この発言をきっかけに、略奪への取り締まりが緩み、それどころか31日の水曜日のNBCのTV映像によれば、制服姿の警官がウォールマートから商品を失敬する姿をTVに映されても悪びれない、という大失態に至っています。

 というように民主党ルイジアナ州知事の発言に責任があったのではないかという指摘もあります。
 上記意識調査の「黒人の77%は、生き延びるのに必死な人たちの行動だと答えた」という部分が、冷泉氏の推測をいくらか裏付けるもののようにも感じます。


 いずれにせよ今は復旧に全力でかかり、ひと段落ついてから客観的な検証が入ることになると思います。その結果を見なければ明らかなことは言えないと思いますが、少なくとも「人種差別による陰謀論」を無責任に流したメディアにも何らかの反省と自己検証が必要だと考えます。さもなければ、そうしたメディアに対する信頼はどんどん無くなっていくだけでしょうから。