首相の参拝

 今日のお昼のニュースでもNHKを含む各局が報じていましたが、大阪高裁が「旧日本軍の軍人・軍属として戦死した台湾人遺族や日本人の宗教関係者ら188人が首相と国、靖国神社に1人1万円の損害賠償を求めた訴訟」を棄却しました。賠償請求は認められませんでした…
 と書かないと、敗訴控訴棄却だったのがわからないくらいメディアは「首相の靖国参拝憲法違反と判断」と大きく採り上げていました。
 <首相靖国参拝>大阪高裁、初の違憲判断 「宗教的活動」

 大阪高裁(大谷正治裁判長)は30日、「参拝は、憲法が禁止する宗教的活動と認められる」と高裁レベルで初の違憲判断を示した。賠償請求は認めず、原告側の控訴を棄却したが、原告側は「実質勝訴」とみて上告しない方針。


 昨日のこちらの東京高裁の判決を大きく採り上げたメディアはあったでしょうか?
 「首相の靖国参拝は私的行為」 千葉の住民の控訴棄却

2005年09月29日15時21分

 小泉首相が職務として靖国神社に参拝したのは憲法政教分離規定に違反するとして、千葉県の住民計39人が国と小泉首相を相手に、1人あたり10万円の慰謝料を求めた訴訟の控訴審判決が29日、東京高裁であった。浜野惺(しずか)裁判長は参拝について「自己の信条に基づいて行った私的な宗教上の行為か、または個人的な立場で行った儀礼上の行為」と位置づけ、「内閣総理大臣の職務行為として行われたとは認めがたい」として、その他の論点には踏み込まずに住民側の控訴を棄却した。

 一審・千葉地裁判決は、請求自体は退けたが、小泉首相が神社への往復に公用車を用い、秘書官やSPを同行した点を重視。「職務行為に当たる」と認め、私的参拝とする国側の主張を退けていた。高裁判決はこの点について、「神社への往復に限れば、職務に関連した行為といえるとしても、それだけをもって、参拝した一連の行為が全体として職務として行われたとまで評価することは困難」とした。

 また、浜野裁判長は「首相は、職務として参拝する趣旨と受け取られることを避けるため、8月15日の参拝を断念して13日に私的に行うこととした」「私費で献花代3万円を支払った」などと、「私的」と認めた根拠を挙げた。

 訴えていたのは、同県内の牧師や僧侶、教師ら。首相就任後、最初に行った01年8月13日の参拝について訴えていた。

 千葉地裁判決は公式参拝と認める一方、首相への賠償請求は「公務員個人は責任を負わない」として認めず、国への請求も「参拝で具体的な強制や不利益を受けたとは認められない」と述べて退けた。これを不服として原告側が控訴していた。


 これら小泉首相靖国参拝を巡る訴訟は遵法的なものですから文句はなるべく言いたくないのですが、いったい原告の人たちは何と戦っているんでしょう? 訴状にあるように「首相の靖国参拝で精神的苦痛を受けた」と言うようなものなら、正気を疑います。ほとんど「あやをつける」とか「因縁をつける」レベルでしょう。彼らが訴訟を行うのは権利として認めますが、個人的には軽蔑しますね。今まで一つの判決たりとも「苦痛の賠償」などは認めていません。そこについては常識的な判断が為されています。司法のリソースの無駄遣いに見えてなりません。国側だって人もお金も時間も費やしていますから…。


 さて、もしも「精神的苦痛」というのが方便というか「嘘」で、本当は靖国神社に首相が参拝することが日本の軍国主義化につながるとか何とか考えてらっしゃると邪推したとして、これもまた理解できませんね。今の日本に軍国主義化、帝国主義化のメリットなど考えられませんし、合理的な判断とは思えません。何より訴訟を起こすような皆さんは、自分たちの隣人を信じることができないんでしょうか。私は日本人の十人に一人、百人に一人も軍国主義が良いと言う人がいないと信じられますよ。そういう風潮が蔓延することがないということに賭けてもいいです。
 どうしてそういう信じ方ができないのでしょう? 自分たちは少数者であるかのように思ってらっしゃるのでしょうか? 民主政体を続ける限り、多数の人が頷かなければ絶対に軍国主義化などあり得ませんよ。 そんなことは普通の大人だったら考えませんし、合理的に疑うことすらできません。 どうも自分たち以外の「敵」はとことんネガティブにしか考えられない人たちなのかなとも思えます。


 10月5日には高松高裁でも同様の訴訟の判決がでますし、現在小泉首相靖国参拝に関わる訴訟は9件係争中ですから、どれか一つぐらいは最高裁まで争われるでしょう。その判断を待ちましょう。まだ地裁レベル、高裁レベルでの判決は揺れていますから。


 もし小泉首相なり時の政府が公金を靖国神社に注ぎ込んだりするならば私も応援しますから、首相が参拝したとかそのぐらいのことはどうかほっといてあげてくれませんか? どうにも「反宗教主義」に凝り固まっているようにしか見えないんですが…


追記:宗教者も原告にいるのは「商売敵」叩きでしょうか?


 結局のところ「宗教と触れない」という意味での完璧な政教分離などできはしませんし、特定の宗教に実質的な肩入れはしない、という線でそれが守られていればいいのだと思います。靖国神社を特別視(敵視)する宗教者は、結局は自分の首も絞めているということになりかねないような気もします。