男系・女系

 溜池通信のかんべえ氏が「かんべえの不規則発言」で触れていた、静岡県立大学大礒正美氏(国際関係)のコラムで、とても興味深い記事を読ませていただきました。


 コラム自体は女性天皇についてのお話でそちらに興味のあるかたにもぜひお読みいただきたいのですが、私には次の部分がおもしろかったです。
 大礒正美のよむ地球きる世界:これは皇室のお家騒動なのか?

 …ヨルダンが日本と同じ男系男子の一系王統を維持しているという類似である。


 ヨルダン王家は、近代国家としては第1次大戦後に英国が建てたので古いとはいえないが、イスラムの開祖ムハンマドの直系を継ぐアラブ随一の名家であり、歴史的に聖地メッカの領主として君臨していた。同じく歴史の浅いサウジや湾岸首長国なども、またムハンマドの傍系を継ぐモロッコ王国も、同様に男系相続であるが、ヨルダン王室はその頂点に位置するため、皇太子問題は世界から注目されることになる。


 イスラム諸国が一般に親日的なのは、そうした共通の伝統が背景にある。それに、皇室はムハンマド一統より確実に数百年も古いから、それだけ尊敬の念もプラスされる。(中略)


 実は、ムハンマドが生まれたアラブは男系社会であり、ユダヤ人社会は対照的に母系社会である。イスラエルの国内法では、「ユダヤ教徒」と、「ユダヤ人を母として生まれた者」をユダヤ人と認定している。


 この違いの理由は、両民族共通の祖であるアブラハムが、まず端女(はしため)に生ませた長男イシマエルの子孫がアラブ民族となり、のちに正妻が生んだ次男イサクの子孫がユダヤ民族となったという神話にある。
 すなわち、アラブ民族は父方を重視し、アブラハムの長男の系統であることを誇りとする。対するユダヤ民族は、アブラハムの正妻の系統であることを誇りとし、母方の血を優先させて今日まで至っている。(後略)


 アブラハムの系統云々で男系・女系のどちらを重視するかが決まった、という断言は少々あぶないと思います(アラブ社会はムハンマド以前の部族宗教の時点から男系血統重視の社会であったと聞いておりますので、おそらくこの俗流解釈のほうが後からつけられたものではないかと…。またユダヤについても後述します)。しかし男系・女系でアラブとユダヤに截然とした社会的差異があるという見方は興味深いです。


 過去日記でも触れましたが、確かに第四代カリフのアリー(彼自身がムハンマドのいとこ)とムハンマドの娘ファーティマとの子孫の血筋は、シャリーフまたはサイイドという敬称で呼ばれ尊重されております。そしてヨルダン王家のハシミテ家はその中でも直系を唱え、現在のアブダッラー国王がムハンマド43代の子孫ということになっているのです。(ただしヨルダン国民の93%を占めるムスリムの9割以上はスンニ派です。シーア派が多数を占める国ではありません。また憲法イスラムを国教としていますが、信教の自由も保障されています)
 ヨルダンは北をシリア、東をイラク、南をサウジアラビア、そして西をイスラエルと接する狭間の国です。この国を含むパレスチナ一帯は16世紀以降オスマン・トルコの支配下にありましたが、第一次世界大戦を機にイギリスの信託統治領(植民地)となり、さらにパレスチナ西半分がイギリスの支援の下「トランスヨルダン首長国」として独立(1923年)しました。これが今のヨルダン王国に続きます。
(ここらへんの経緯については「ヨルダン・ハシミテ家の構図」(←こちらのサイト)などに詳しいです)


 男系血統を重視する社会では畜妾や多妻が制度的に現れてくることが多いと考えられますが、借り腹(rental womb)という発想にも親和的であると思います。家父長としての男性の血筋を家督相続のために残す手段ですね。現在言われるrental wombは、広義の代理母の中での部分的代理partial surrogacyとして捉えられるもので、体外受精IVF)によって得られた夫妻の受精卵を妻以外の女性の子宮で育てるものです。これに対して、その妊娠する女性の卵子を用いたIVFで子供を育む方は、狭義の代理母Surrogate motherといわれるもので、むしろこちらの方がかつての借り腹に通じる感じですね。この「借り腹」という手段ではある意味女性が「道具」として見られている観が強く、日本を含むかなりの国では法的に禁じる方向であると伺っております。


 ところが、この代理母(というか「借り腹」)は制度的なものとして旧約聖書にもでて参ります。ですから古代ヘブライ人の間でも女系の優位というものは無かったのではないかとも想像されるのですが、どうなのでしょう。知らないことばかりで、興味はいろいろ掻き立てられます。まとまりがありませんが、とりあえずこんなところを記しておきます。