射水市立病院問題3

 末期患者に対する消極的安楽死、無益な治療を停止すること(不作為)や苦痛緩和の薬剤の使用で結果的に患者が死んでいくに任せるということは、かつてわが国において家族の同意の下医師の裁量で行われ、社会的にも(暗黙のうちに)認められてきたとされます。
 この話は時折見聞きするのですが提示できるソースはありません。そういう話だとお考えいただきたいのですが、患者家族の金銭的・肉体的・精神的負担を考え、また患者自身の余命を考えてそういう処置をする医師は、普段「よい先生」と呼ばれ患者や家族との関係も良好である人が多かったそうです。このような処置は決して医師本人の得になることではないですし、パターナリズムを名医の条件と考えていたような医療風土からしてもあり得ると思ってしまうのですが、真偽は定かではありません。 それに何より、すでにそういう偏った医療行為が許される時代ではないのです。いかに善意であろうとも、医師が生殺与奪の権を持つ神のように振舞うことは「不正」であり「犯罪」であろうと考えます。


 一方、医師を介在せず家族が直接手を下して積極的安楽死を行うという事件もたびたび起こっています。往々にしてそれは「患者の懇請による嘱託殺人」として扱われ、殺人罪を免れるという判断はないものの執行猶予のついた温情判決となるのが通例でした。
 その中でも、1961年の愛知県における事件は裁判で「安楽死」に関する判断が示されたものとして重要です。

 脳溢血の後遺症に苦しむ父親を息子が農薬で殺したこの事件にで、1962年名古屋高裁での判決において安楽死の違法性を阻却し得る特別の場合の(=それが殺人ではないと認められる)要件が示された。それは以下のような六条件がすべて満たされる場合である


(1)不治の病で死が切迫している 
(2)苦痛が甚だしい 
(3)もっぱら苦痛の緩和が目的 
(4)本人の依頼か承諾がある 
(5)原則として医師の手による 
(6)その方法が倫理的に是認できる


(※この事件において息子には懲役1年執行猶予3年の判決が下された)


 わが国で安楽死事件として扱われるもののすべてが(初めのうち)家族の介助によるものだったのですが、1991年東海大学医学部附属病院での事件において初めて医師の介助、致死剤注射という事例が登場し、これ以降は医療側の措置が問題とされる安楽死事件が表面に出てくるようになります。
 この事件で裁判所は、医師による積極的安楽死と治療行為中止の許容四要件を示しています。

 末期の骨肉腫で激痛を訴える患者を見かねて家族は安らかな死を願い、担当医師は家族の願いを知っていた。同医師は昏睡状態の患者に単独の判断で塩化カリウムを注射し、患者は息を引き取る。同大学倫理委員会は当医師の行為を「人命の尊厳を軽視したもので医の倫理に悖る」と評定し、また警察は死の直接の原因が致死剤注射という医師の行為にあるという鑑定結果に基づき殺人事件として告発した。
 この裁判において1995年横浜地裁安楽死の違法性阻却要件を次のように示した。


(1)患者に耐えがたい激しい肉体的苦痛がある。
(2)死が避けられず、死期が迫っている。
(3)肉体的苦痛を除去・緩和する方法を尽くし、他に代替手段がない。
(4)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示がある。


(※ この事件において医師には懲役2年執行猶予2年の判決が下された)


 1996年4月27日、京都京北病院で安楽死事件が起きます。意識不明の末期ガンの患者に医師の独断で筋弛緩剤が投与されたものです。患者本人に告知はされておらず、患者からの意思表示もありませんでした。
 この事件で医師は翌年の4月に書類送検されますが、12月12日京都府地検は不起訴処分の判断を下しました。弛緩剤投与は患者の死期を早めたと認められましたが、死期が迫っていた患者の死因との直接の関連性や殺意の立証などが困難とみなされ、最終的に患者の死が自然死と判断されたからです。
(→東海大事件との対比論考


 1998年11月16日、神奈川川崎協同病院で筋弛緩剤投与事件が起きます。気管支ぜんそくの発作で入院中の男性患者が挿入されていた気管内チューブを抜き取られ、鎮静剤、筋弛緩剤を連続投与され死亡しました。男性は喘息の発作で病院に運ばれましたが、一時心肺停止状態に陥っていて、心肺蘇生を施し心拍は再開していましたが、その後も重度の意識障害が続いていたとのことです。
 警察はこの事件が安楽死の違法性阻却要件にあてはまらないとして医師を殺人罪で起訴。一審で有罪判決(懲役3年執行猶予5年)が出ましたが、被告側は控訴して今なお係争中です。
(→事件の詳細


 たとえ情状を鑑みて温情判決になるとしても、作為としての安楽死措置に対するわが国司法の判断は一貫して殺人罪相当となっていると考えられます。医師の太田典礼氏を中心にした日本安楽死協会(現在日本尊厳死協会)などの動きもありますが、今の日本において積極的安楽死を認める雰囲気はないという認識は裁判所と同様私も持っております。
尊厳死の法制化運動を推進する太田氏が、優勢断種を許容しているという立岩真也氏の批判もあります→リンク


(今回の射水市のケースに関するリンクなど…東京大学大学院医学系研究科 生命・医療倫理人材養成ユニット
安楽死/尊厳死に関する基礎資料