武士道とは精液を保つことと見つけたり

 その昔、精液を「神」と崇めた武士がいた。彼の名は天野長重。元和七年(一六二一)生まれで、幕府の目付、御先鉄炮頭、御旗奉行を歴任して宝永二年(一七〇五)に八十五歳で没した三千石の旗本である。

 国立公文書館員の氏家幹人氏が書かれた「精液を神と崇めた武士」*1という小論からご紹介します。ここに描かれた天野長重は晨旦医学の房中術、貝原益軒などの「接して泄さず」に代表されるような「節淫」を健康法の一つと受けとり、さらにはそれを思想的に突き詰めた?人なのです。

 婬精(=精液)を大切にすべし、是天より授り父母より受け得たる至宝なるを、猥りになさば、天地への不礼、父母を害する程の科(罪)…


 無病ならんと願はば、天地父母より授り得たる第一の宝を持つべし(保存せよ)、宝とは真陰の元水(=精液)なり、みだりに一滴も洩すべからず、是我が命の根なり、命の絆なり
(『思忠志集』…天野長重の日記より)

 人間の身体は四大和合して作られるもの、それは天と地が父母の身にのり移ってできるものであるから、人間は天地の子、天の霊魂であり、精液は父と母が天地から授かった「宝」だというのが彼の身体論でした。

 玉茎(陰茎)の強く起こらば房事せよ 思ひ起すは短命の種


 瞥起は是れ病、続かざるは是れ薬
(女性をちょっと見ただけで勃起するようでは病気(長生きは望めない)。とかく性欲は淡白なのが身体には薬)

 彼にとっては節淫はただの健康法を超え、その生き方のすべてとでもいうほどになっていたと氏家氏は言います。知力を高めるためにも、無病息災でいるためにも、神仏の加護を受けて立派な人物であるためにも、とにかく射精を抑制することが大事。精液は「尊敬」の対象…

○智を明らかに成(なす)は、婬精を慎むにあるなり ○冥加を受るは、婬精を保つにあるなり ○第一の宝を乱りになすは不忠不孝不慈なり ○病を嫌はば、婬精を嗜むべきなり ○気根をよくなさば、婬精を慎むにあるなり ○長命にて長く栄へ楽んとならば、婬精を尊敬のため、忘るる事を好んで(色情を煽るようなことは忘れるようにして)…

 天野にとっては、性を愉しむ「好色」は「忘身」でした。立身のためには無病息災が肝要>健康は精液の保存に尽きる>人生における立身とは、精液尊仰…。


 そしてまた彼においては、この精液尊仰が武士の生き方に直結するものでもありました。「心懸の武士」であるためには健康であることが必須。そして太平の世の武士の高名(手柄)とは「息災に身を堅める」ことと彼は考えたからです。また、武士の根本倫理である「忠」についても、「命捨るを安んずる」(死を恐れない)のは第二の忠、「死なざることを第一とし」、精液を大事に保って心身の健全を維持することこそ「勤の根本」、武士としての職務の基本だとします。

 初より終まで無病を本とすべし、故に何も思出さざれ、是養なり、是武道なり

 つまり射精を導くようなことは「見るなかれ、聞くなかれ、思うなかれ」というのが「養」(養生)で、ひいては「武道」(武士の道)だと彼は考えたのです。まことに「武士道とは精液を身に保つことと見つけたり」と言い表すのがぴったりでしょう。


 天野はまた天和二年には次のような謎めいた言葉も残しています

 淫精は身を養う財なれば、慎み、貪り求めても貯うべきなり

 彼がどう「貪り求めた」かは全くの謎ですが、人類学的調査によってニューギニアなどの地域においては少年が一人前の男になるためのイニシエーションとして「少年の身体に、男性の性的な体液、すなわち精液を充満させる方法」が採られるそうですので(杉島敬志「精液の容器としての男性身体―精液をめぐるニューギニアの民俗的知識」、『文化人類学4』アカデミア出版会、所収)、あるいは…。


 ちなみに、天野が女性の嗜みはどうあるべきと考えていたかについては全くわかっておりません。武士ではないから勝手にしろということだったのでしょうか。
(antonianさまの■[社会・時事]過激な恋愛論3ヨーロッパの結婚観と恋愛観など一連のエントリに触発されました。>だからこんなの書いたのは私の所為じゃない?笑。 まああちらは高尚、私が覚えていたのはこのレベルですが…。未読の方はぜひ)

*1:別冊宝島EX『神道を知る本』宝島社、1993、所収