蚊帳

 起きてみつ 寝てみつ へやの広さかな


 と、どこかで聞いた句のパラフレーズ。最近は元句が加賀の千代女のものではないと言われているようですが(ex.Wikiなど)、従来の説を誤りと斬り捨てるにはこちらも根拠が明確ではないようです。ここにはこの新しい話の元になった論文なり書籍なりの出典が欲しいところ(あるいはせめて千代女以前の初出としてはっきりした句集もしくはその句が紹介されている文献の名前あたりは明示して欲しいですね)。
 そしてもし本当に元句が千代女のものでないとしても、なぜそれが千代女の作として巷間に広まったか、その謎解きも面白そうです。まあ私は一つの俳句がそれだけで独立して文芸作品として鑑賞に堪えるならば、作者やその背景はあまり必要ないものとも思いますが…。ちなみに『唐獅子株式会社』でも「起きてみつ寝てみつ獄の広さかな」のパロディは、初出を千代女にしていたと記憶しています。


 さてここで話題にしたいのは誰の句かということではなく「蚊帳はどこへ行った」ということです。
Where have all the mosquito nets gone?
Long time passing
Where have all the mosquito nets gone?
Long time ago


「起きてみつ 寝てみつ 蚊帳の広さかな」を本当に味わうためには、少なくとも蚊帳の中で眠った体験を必要とするでしょう。ところが昨今、蚊帳がほとんど見かけられなくなり、話題にも上がらなくなっている感があります。若い世代での蚊帳体験も、たとえば両親の田舎にでかけた夏の記憶として残っている人すら数少ないようです。でも「蚊帳(かや)」で検索をかけると、まだ製造・販売は普通に行われているようなのですが…


 基本的には生活様式の変化が大きいのではないかと考えられます。私も小学生の時、祖父母と一緒に和室の座敷で寝ていた時は蚊帳を吊っていましたが、洋間で一人で寝るようになってからは蚊帳とは無縁の生活です。
 和室の天井回りの縁にあった長押(なげし)が無くなり、蚊帳を吊るために吊り具を引っ掛けるところがない。寝所に使う何もものを置いていない座敷が無くなった。そもそも夏に戸を開けたまま寝ることがない…などなどの理由があるのだろうと思っていたところ、


「ベー○が広まったから」


 とは同僚の一言。そんな実も蓋も無い。
 蚊取り線香より効き目の強いマット式の電気蚊取り器(ピレストロイド系の殺虫成分がメイン)が一気に普及して、蚊帳なんかいらなくなったんだと思ってたという彼女は理系。理系にしては言うことがアバウトだし、何よりベー○だけじゃなくアー○だってあったじゃないかと。どうにもこれだけでは納得出来ない気分で、
「それは科学者としての意見か?」
 と聞いたら苦笑してました。


 まだ夜は寝苦しいという感じではないのですが、そろそろ本格的に暑くなったと実感します。今年の夏はどういう夏になるのか、まだ全然それがわからずに、ただここ十数年とは決定的に違うだろうなと予感しながら日々を送っております。