あんとに庵さんの個展に行って来た記

 今週の土曜日、勤め先の行事に出なさいということで週のどこかで取るはずだった代休を今日にして、午後からid:antonianさんの個展を見せていただこうと銀座に行って参りました。この頃とくに引き籠もりがちで、久しぶりの遠出でした。
 かなりの田舎暮らしではありますが、家の門扉を出て五分歩いたところのバス停から高速バスに乗り、ぐーぐー眠って降りたらそこは東京駅。考えようによっては東京駅八重洲北口徒歩5分の環境ですので(笑)別に手間とかはないのです。それでも以前予備校で教えていた時は週一(週二)で通っていた都内もとんとご無沙汰。四月のいとこの結婚式以来でした。
 同じ関東平野でも少しは気温の差があって、それに都内は今日風が無いように感じましたので体感温度的には参りそうでしたが、昔から都内はできるだけ歩く主義で(一駅二駅なんてすぐですし)銀座の七丁目まで東京駅から徒歩で往復しました。


 大体ここらへんと略図で憶えたあたりに行くと苦もなく福原画廊のサインはみつかり、でもまあ水分補給しなければとその辺りをちょっと探してみますと、高そうな(というか銀座らしそうな)喫茶店とプロントがあって、貧乏性の私はプロントへ入って炭焼アイスコーヒー300円也。そこで一息ついて、ちょっと戻って蒲田ビル2Fの福原画廊への階段を登ったわけです。


 画廊のスペースは10畳、5坪ぐらいだったでしょうか。あまり広くもありませんが、小ぢんまりして照明などの印象も悪くはありません。スペースをぐるりと絵が囲み、立体造形も数点。部屋の中央では画廊のオーナーとおぼしき人と、その知人の方が「サッカーワールドカップ」の雑談をひとしきり。軽く会釈して、私は一つ一つの作品を見せていただきました。(ちょっと耳ダンボにしてサッカー話も聞いてました 笑)

ちょっと感想など

 不思議な、静謐な感じを受ける作品です。やはり現代のものというより中世の画に近いのでしょうか。まず私の頭に浮かんだのは、妙なことに文楽の人形でした。勝手に思ったのですが、地水火風の四つのテーマで描かれたあたりの絵が新しいのではないかと感じられました。新しい古いは別においておいて、ここらの作品では頭(といいますか顔)のバランス(や向き)がかなりデフォルメ?されていて、少なくともantonianさんは顔にその人物の属性を捉えていないという印象を受けます。飾りとしては大事に思われているのでしょうが、顔が内面をうつすとか、そういう発想の真逆ではないかと。
 また、構図に動きがあっても、それが敢えて動きを感じさせないようになっている気がします。通常のパースペクティブはわざと壊され、平面的に見えるように工夫されているかのようですし、なるほどこれは引っかかりのあるような絵だなあと思わせられました。
 頭の比率(頭身)が上げられている作品群では、それこそデ・キリコのように顔などなくても普通に通用すると見えました。そこらへんの直覚から文楽人形が思われたのかもしれません。まあ素人のたわごとですが…


 ちなみに一番個人的に好きだったのは、入り口を入ってすぐ右にある魚を掲げた女性の絵でした。一番色もくすんだ感じでしたが、背景にちらと鮮やかな色(もしくはその予兆)があれば、衝動買いしていたかもしれません。私の好みは通俗的なのです。

さて

 ゆっくりと一通り作品を眺め終えて、名前と住所を記してもう一度回ろうとした時、福原オーナーが「彼女、今近くの喫茶店にいるから」と声を掛けてくださいました。そうですか、と流して、ひっそり来てひっそり見て帰ろうかと思ったのですが、福原さんに「彼女のお知り合い?」と尋ねられ、「いえ、ちょっとネットで…」と答えたりしているうちに、氏は「ちょっと声掛けていったらいいよ」と現在位置を略図に書いてくださいまして、何のことはない、それはさっき高そうだからと入らなかったプロントの対角の喫茶店でした(笑)。


「髪の毛お団子にしてる女の人だから。二、三人で話してるよ。」
との声に送られて、御好意を無にしては…という気持ちでそのお店に行ってみました。店の外のウィンドーから覗いてみると確かに奥の方に女性のグループが。髪をお団子にした方もいらっしゃいます。
 南無三、という気持ちで扉をあけ、お友達どうしで語り合うところに失礼ではないかと思いながら、それでも折角なのでと自分を奮い立たせ奥の席に向かいました…。


(長文になってきましたので、この続きは後日)