やっぱり「原罪」に見えていたらしく…

<取材日記>声を高めた日本外交

(前略)
日本外交の変化は韓日関係にも変化を予告している。 これまでは韓国がトーンを高めると、侵略と植民支配という‘原罪’を抱いた日本が適当に譲歩するという場面が少なくなかった。 しかし最近、日本との交渉に参加した外交実務者らは「これまでの日本とは違う」と話している。 昨日の日本ではなく、今日の日本に対応する方法を研究する時だ。


イェ栄俊(イェ・ヨンジュン)東京特派員
中央日報 強調は引用者)

 韓国のことに特に興味を持っていろいろ読み始めた時から(今思うと大体90年代半ば過ぎ、豊田有恒氏の『いい加減にしろ韓国(日本を嫉妬し蔑む真の理由)』祥伝社、NONBookを読んでからこの傾向は大きくなったと思います)、何か奥歯にものの挟まったような言い方しか対韓国で言えない日本というものを意識しだしました。
 そしてそれが何か「原罪」意識という言葉で言えるような気がしていたんですね。


 従来の日韓の関係に、何かデータとかエピソードで口を挟むのすらはばかられるような、そういう傾向は確かにありました。日本の閣僚や議員が何人も「韓国絡みの発言」で舌禍事件ととられ、役職を辞するようなそういう時代が長かったのです。


 その頃は今のネット状況のような便利なものもありませんでしたし、細々と書籍の類を買って、それで自分の考えを少しずつ組み立ててみるしかありませんでした。今とは隔世の感があります。その頃は「嫌韓」とかいう言葉ももちろんなく、むしろ私は以前からのSFファンで豊田氏はずっと知韓派であるという認識しかなかったぐらいです。あの豊田氏がここまで言うのだから、これはそれこそ「妄言」ではないだろうという第一印象がありました。


 時代を感じさせると言えば、この本のカバー裏にはあの佐藤勝巳氏の推薦文があり、当時はむしろ「韓国無視」的な風潮が感じられて知韓派をやきもきさせていたようで興味深いです。

 韓国に送る真実のメッセージ   現代コリア研究所代表 佐藤勝巳


 人はどうでもよいと思っている人間の言動など、無視するものだ。国家関係においても例外ではない。冷戦体制が崩壊した現在、日本にとっての韓国は、あってもなくてもどうでもよい存在である。いま日本では、韓国黙殺現象が急速に広がりつつある。
 豊田有恒さんの発言は、一見過激のように見えるが、韓国黙殺現象に対する危機意識のなせるものだ。しかし、韓国のメディアからの反応は「反韓妄言」という水準のものであろう。にもかかわらず、われわれは真実のメッセージを送りつづけなければならない。
 なぜなら、友好は闘いとるものだからだ。

 実際知韓派と言えるほどでもなく、韓国黙殺現象なるものも全くと言っていいほど私は感じませんでした。ただこの「原罪」意識的なものは、未だにお持ちの方はそれなりにいらっしゃるようですね。それが果たして彼我にとって本当に良いことなのか。再考をお勧めしたいのです。


 「原罪」といわれるような宗教的感情に似たものを抱くいわれはないですし…