日本料理認証制度について

 昨年秋以降、日本料理の海外での認証制度がニュースネタになっていました。始まりはこの農水省のプレスリリース「海外日本食レストラン認証有識者会議の設置について」のはずです。企画段階からテレビ等でも格好の話題になって、私もテレ東のワールドビジネスサテライトの特番や夕方のニュースショーの一つ二つでこれを採り上げたものを観ています。


 ここ数日、朝日新聞のコラム「天声人語(2007年02月18日(日曜日)付)」で

…そんなことに国費を使うのか、政府のする仕事か、という声が与党からも出た。だが2億7千万円の予算が付き、07年度からの実施に向けて準備が進む。欧米のメディアは、日本から「スシ・ポリス」がやって来ると警戒のまなざしを向けている。

 海外の和食店はざっと2万4千、うち日本人料理人のいる店は1割という。「正しい和食」は大切だろう。だがここは力まずに、「よき鈍感さ」で、世界各地に芽吹いた和食文化を見守ってはどうか。(後略)

 というように触れられたことを契機にまた話題が再燃しているようです。
 この「スシ・ポリス」云々はVoAで語られたフレーズのようで、産経新聞の以下の記事で言及がありました。
「正しい和食」認証制度に米メディア猛反発

 【ニューヨーク=長戸雅子】日本の農水省が世界にある和食レストランを「正しい和食」と認証する新制度の導入を検討していることに、和食ブームが続く米国のメディアが次々に反応している。ワシントン・ポスト紙が「国粋主義の復活」と報じれば、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は「日本がスシ・ポリスを派遣する」と揶揄(やゆ)、巻き寿司の「カリフォルニア・ロール」発祥の地ではロサンゼルス・タイムズ紙が「論争の火種になる恐れがある」などと警告し、さながら“日米食文化摩擦”の様相だ。

 農水省は認証制度の検討について「食材や調理法が本来の日本食とかけ離れた料理を提供している日本食レストランが増えているため」と説明。 現在全米に「日本食」を掲げるレストランは9000店あり、10年間で2.5倍に増加。このうち日本人、日系人がオーナーの店は10%以下に過ぎず、経営者の多くが中国、韓国などアジア系の移民という。(後略)

 この話題について、はてブで注目記事に挙げられていたoutsider reflexの20日の記事「日本料理認証」に関して、私はちょっとどうかなという感想を抱きました。
 これを書かれた方は「目的は認めないでもないが、認証ラベルの提供ぐらいの実効性があがらないような制度なら無駄じゃないか」とされているようですが、実際にいくつかの国で同様の認証制度がスタートしているという情報をご存知でないような感じがします。

 「本物の日本食ですよ」という認証マークを偽造して商売しだす奴って、絶対出てくるでしょう。今ですら厚顔無恥な事をやってる人間が、その程度のことをためらうはずがないと思うんだけど。そこで「ためらうはずだ」って考えちゃうのが、もう、どうしようもないお人好しですよ。恥の文化の日本人的発想。その発想の範囲内で考えてちゃ意味がない。

 他国の制度のことが念頭にあれば、この話題に日本人論を絡めるのはむしろミス・リーディングでしょう。


 玄倉川の岸辺さんの今年01/21の記事「日本料理は日本文化」でもこの話題が採り上げられていて、そこでも紹介されていた農水省が出している資料「海外におけるレストラン認証制度について」(pdf)には、わりに詳しくイタリアとタイの先行する料理認証制度について記されています*1


 たとえばイタリアの料理店認証制度は

趣旨: イタリア政府機関による認定制度。世界に5万5千から6万軒あるとされるイタリア料理店のうち、イタリア本来の伝統や食文化を尊重しないレストランが数多く出現している状況に対応するために制定。2003年、ベルギーより施行開始。
目的: 消費者が海外で正真正銘のイタリア食品・食材をみつけるための「道しるべ」の役割を果たすこと。
認証管理団体:海外のイタリアンレストランにおける良質の農産物を評価するための専門委員会

 という具合で食材や技術、従業員に関して事細かに様々な規定がなされていますが、実効性を担保するものと言えば「品質表示マークの授与」とか「認定レストランに関する消費者向けのサイト」ぐらいしか見えておりません。
 タイの「タイセレクト」(タイレストラン認定制度)にしても「タイセレクトマーク」や「認定証」の授与、そして「タイ政府の各種プロモーション事業のサポート」あたりだけがこの制度の消費者側に受け取られるすべてのようです。
 どこにも「パスタ・ポリス」や「トムヤム・ポリス」はいないのです。おそらく日本の認証制度もこの枠を越えることはなかろうと思います。むしろ細かな規定ではもっと緩やかになるのではないでしょうか。リストランテ・イタリアーノでは「イタリア語を話せるものが少なくとも一人いること」のような規定がありますが、さすがにこれを要求することはないのでは?
(それどころかあるテレビ番組のコーナーでは、認定イタリア料理店になるには「イタリア人オーナー」がいなければならないように言っていたようにも記憶していまして(未確認情報ですが)、共同経営でも良いとしてもこれはあまりに厳しい規定だなと感じたのを憶えています)


 せいぜいが認証マークの授与ぐらい(あとネットでのサポート)しかないのを実効性が薄いと捉えるかどうかは個人個人の感想の領域とは思います。ただ、何もやらずにいるよりは何か試みを始めてみるのが妥当だと考える人は多いのではないでしょうかね。


 他国におけるレストランに直接の締め付け(鞭)はもともと無理な話です。だからこの実効性を上げるには認定のメリット(飴)を具体的に増やす方向が考えられてしかるべきでしょう。ネットでの推薦と言いますかリストアップはほんの入り口に過ぎません(本当は「××の店は日本料理とは関係ありません」ぐらいのネガティブリストも必要なのかもしれませんが、それはさすがに国や関連機関がやるようなことではないでしょう)。
 他の国の制度も始まったばかり、そして日本の制度はまだ検討段階です。まだこれを否定的に論評する時期とはとても思えません。いろいろ考えて試していけばいいんです。


 今朝のフジの「目覚ましテレビ」を流して見ていて、ニューヨーク事情紹介のミニコーナーで「コリアンストリート」がちょっと出てきて、ハングルの看板ばかり見えるそこらの料理店のほとんどが「スシ・コーナー」を持っているという話を聞いたりしたもので、今日はこれについて書いてみたくなりました。 そして制度の背景などはともかく、少なくとも検討されている制度自体を日本人論で切るのはどうかとも思いましたし…

追記

 朝鮮日報の最近の記事「ハングル・韓国料理の世界化目指す「韓スタイル計画」とは」もちょっと思い出しました。 ここで言及されている「海外の優秀な韓国料理店の認定制を導入」という計画も、現時点では上記認定制度と同じ程度の実効性という感じではないかと…

*1:私は個人的にこの玄倉川さんの話にかなり納得という感じです