Flowers for Algernon

 昨日「極東ブログ」で『アルジャーノンに花束を』の書評が書かれていました。懐かしくあの本を思い出しました。ただ、ここで初めて読まれたのが小尾芙佐氏訳の長編版であって、それを元に書かれた書評だということは意外に重要なのではないでしょうか。簡単に言いますと、finalventさんの書評は長編版を評したものとしては「あり」ではあるのですが、その原作の7年前に原型として書かれた中篇のものを考えますと読み込み過ぎの面があるかもしれないということです。


 著者のDaniel Keyesは作品が全く売れない時代を持っていまして、「船員、高校教師、SF雑誌の編集者などをしながら、いくつかのSF短編を発表しているにすぎなかった」*1のでした。しかし彼が1959年に書いた"Flowers for Algernon"は一躍彼を有名にし、その年のヒューゴー賞を取らせます。これが中篇版の『アルジャーノンに花束を』です。そして7年後の1966年、彼は中篇を膨らませた長編の"Flowers for Algernon"をものし、それでその年のアメリカSF作家協会のネビュラ賞を獲得したのです。この長編版の『アルジャーノンに花束を』が、現在早川から刊行されている小尾芙佐氏訳のものの原本となっています。


 私が最初にこの本を読んだのは、早川版のハードカバーで80年前後だったと思います。その当時の一番のお気に入りでした。ただその本は大好きだった叔母に譲ってしまい(その叔母は若くして胃ガンで亡くなりました)、しばらく手許に置かない時期が続きます。早川が版権を独占してなかなか文庫化されないという噂は当時からありました。
 結局文庫化されたのはそれから十数年後でしたが、その間なんとなく装丁の変わったハードカバーを素直に買いなおす気にもなれずにいました。そしてまずペーパーバック版(長編版です)を購入し(…これも泣けました)さらにいろいろあたってみて、早川書房で1969年に出した『21世紀の文学 世界SF全集32 世界のSF(短編集)現代篇』福島正美、伊藤典夫編、に稲葉明雄訳で中篇が訳されていることにたどり着き、なんとかそれを古書店で見つけたのです。


 今もその本は手許にありますが、小尾訳とは違ってかなりチャーリーが男くさいといいますか、その一人称が「おれ」で通されているということだけでも印象の違いをご想像いただけることと思います。まあそれは訳者の違いといえばそれまでですが…。
 重要なのはここからで、長編版の骨子となった最初の中篇ではチャーリーの家族の話は、彼の知能が衰え始めて以降のほんの1パラグラフにしか登場しません。またキニアン先生とのロマンスもほとんど書き込まれておらず、元の中篇では知能の劣ったチャーリーを嘲る周囲>でも友達がいると満足のチャーリー>知能の高まったチャーリー>彼を畏怖し離れていく周囲>孤独>再び知能が低下するチャーリー>彼に近寄る周囲、という筋こそが中心的なプロットになっていると私には読めました。
 

 少なくともキースが最初の中篇をあげた時点では、この物語のテーマがfinalventさんのおっしゃる「母子の物語」というところにはないということだけは確かだと思います。もちろん長編版を読まれてそれを読み込むのはある種卓見かと思われますが、もしかしたらこの話は「くだらね」とfinalventさんが放り出された筋*2の方が本筋だったかもしれないということは言えるかもしれません。中篇版と長編版を別個の作品として鑑賞するということもできますし、関係は別に考慮しないという見方もあろうとは思いますが…


 私としましても好きなのは長編版です(文庫化された時もすぐ買い直しました)。でもこの中篇版も、どこか捨て難い魅力を持っているのは確かです。でもたぶん早川がこれをもう一度世に出すことはないでしょうね。

 ミス・キニアンもストラウス先生もみんなもさようなら。
 それからツイシン。ニイマー先生には人からわらわれたときにあんなにオコらないほうがいいそうすればもっと友だちができるといってあげてください。みんなにわらわれていると友だちはいくらでもできる。おれも今からいくところでたく山友だちをつくろうとおもう。
 三シン。もしヒマがあったらウラニワのアルジャーノンのおハカに花束をあげてやってください……
   ―ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション誌一九六九年四月号―
 (中篇・稲葉訳 末尾より)


 これを読んでいたからこそ、昨日思わず書いたようにこの本から「ブロガーの得るたった一つの教訓」とは「みんなから笑われてもおこらずにいること」ではないかと思ったわけです。

*1:後述の中篇版での伊藤典夫氏の紹介文による

*2:そこらへんについてはぼかして書かれていますので、本当にそう捉えられたかはわかりませんが…