代理母問題 向井亜紀さんのケース

 向井亜紀ブログ「決定が出ました」(2007年3月23日)

大阪出張に向かう飛行機の中で、この日記を打っています。
出かける準備をしていた15:30ごろ、弁護士から電話があり、「最高裁の決定が出ました」と、いきなり報告がありました。

さて。
結果は、ネガティヴなものでした。
家で何度も決定理由を読んできたのですが、もう少しガチッと勉強をしてから、正式なコメントをしたいと思います。
売れない四十路タレントのつぶやきではなく、数少ない代理出産経験者のリアルな感想として、しっかり言葉を選んでお話しした方がいいはずです。


私たちの裁判結果はさておくとしても、私の感想が、これから制定されていく生殖補助医療に関する法律に、1ミリでも影響を与える可能性を考えると、ここで気を抜くわけにはいきません。←まだまだ勉強は足りませんが。

 向井亜紀さん(42)夫妻が東京都品川区に提出した出生届けの不受理の是非を巡っての裁判で、最高裁第2小法廷は受理を区に命じた東京高裁決定を破棄し出生届受理は認められないとする決定をしました。
 夫妻が実子として出生届けをだした双子の男児(3)らが、アメリカの女性に代理出産精子卵子は夫妻のもの)をしてもらった子供で、「現行民法の解釈では、卵子を提供した女性を実の母と認めることはできない」との判断からです。


向井亜紀さんの双子男児、出生届受理を認めず…最高裁

(前略)
 古田佑紀裁判長は「現行の民法では、出生した子の母は懐胎・出産した女性と解さざるを得ず、代理出産卵子を提供した女性との間に母子関係は認められない」とする初判断を示した。向井さん夫妻側の敗訴が確定した。


 同小法廷の古田、津野修、今井功、中川了滋の4裁判官全員一致の結論。代理出産を巡っては、学会などが禁止方針を打ち出す一方、国内の医師が妻の母親や妹に代理出産させたケースを公表するなど、法制度上のルールが定まっていない。
YOMIURI ONLINE 3月23日)

 上記「民法の解釈」とは、次の条文をもとにしたものです。

民法 第772条[嫡出の推定]
 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する

 今回の裁判では、夫妻に対する子らのアメリカでの実子認定が下記民訴法に基づいて日本で認められるべきかどうかが争点でした。高裁段階ではこれが認められていたのですが、最高裁では次のようにそれを否定しました。

民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法第118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない

民事訴訟法 第118条(外国裁判所の確定判決の効力)
 外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続きが日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
(下線は引用者)

 本件の最高裁による判決文は「こちら」(←リンク)から見ることができます。(事件番号:平成18(許)47、事件名:市町村長の処分に対する不服申立て却下審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件、裁判年月日:平成19年03月23日、です)


代理出産、親子と認めず=「卵子提供で母」規定なし−向井さん夫妻の双子・最高裁

(前略)
最高裁第2小法廷(古田佑紀裁判長)は23日、「現行民法の解釈では、卵子を提供した女性を実の母親と認めることはできない」との初判断を示し、出生届の受理を命じた東京高裁決定を破棄した。不受理を適法とした東京家裁決定が確定した。
 また、代理出産民法制定時には想定されていなかったとし、「医療法制、親子法制の両面にわたる検討が必要になり、立法による速やかな対応が強く望まれる」と述べた。 
時事通信 3月23日)

 この記事にある裁判官の言は、判決文では次のように記されています。

この問題の解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる検討を踏まえた法の整備が必要である。すなわち,医療法制上,代理出産が是認されるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのか,という問題について検討が必要であり,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提とした上,出生した子,その子を懐胎し出産した女性,卵子を提供した女性,これらの女性の配偶者等の関係者間の法律関係をどのように規整するかについて,十分な検討が行われ,これを踏まえた法整備が必要である。この問題に関係する者の正当な権利利益の保護,子の福祉といった問題もこのような法制度の整備により初めて,公平公正に解決されるということができる。

代理母(出産)surrogate motherとは

 主に妻の不妊により妊娠と出産の過程で妻以外の第三者が関係するものをいいます。日本では夫婦以外のIVF体外受精 in vitro fertilization)を認めておらず、日本産科婦人科学会の見解などから実施されていません。
 日本産婦人科学会「代理懐胎に関する見解」

1. 代理懐胎について
代理懐胎として現在わが国で考えられる態様としては,子を望む不妊夫婦の受精卵を妻以外の女性の子宮に移植する場合(いわゆるホストマザー)と依頼者夫婦の夫の精子を妻以外の女性に人工授精する場合(いわゆるサロゲイトマザー)とがある.前者が後者に比べ社会的許容度が高いことを示す調査は存在するが,両者とも倫理的・法律的・社会的・医学的な多くの問題をはらむ点で共通している.


2. 代理懐胎の是非について
代理懐胎の実施は認められない.対価の授受の有無を問わず,本会会員が代理懐胎を望むもののために生殖補助医療を実施したり,その実施に関与してはならない.また代理懐胎の斡旋を行ってはならない.
理由は以下の通りである.
1) 生まれてくる子の福祉を最優先するべきである
2) 代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う
3) 家族関係を複雑にする
4) 代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められない


(以下「代理懐胎に関する見解とこれに対する考え方」など略)

 日本生殖医学会(旧「日本不妊学会」)でも、海外の代理母斡旋の動きに対応して「医学的適応と社会的、倫理的妥当性との間に認識の差がある」として否定的な見解をまとめています(日本生殖医学会のサイト


 代理母に相当する記述は旧約聖書にもみられます。家父長制度のもと、家督を継がせるため妻以外の女性との間に子をもうけることは日本のみならず諸外国でもよくみられたものです。

 アブラム*1の妻サライ*2には、子供が生まれなかった。彼女にはハガルというエジプト人の女奴隷がいた。サライはアブラムに言った。
「主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、私の女奴隷のところに入ってください。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。
(『創世記』16:1-2。新共同訳)

 俗に言う「借り腹」がこれにあたるでしょうか。しかし現在「rental womb 借り(貸し)腹」とされているのは「部分的代理 partial surrogacy」のことを指し、妻は不妊ではないが出産日まで子を懐胎しておくことができず、夫の精液によって生体(妻の子宮)内で受精させ、次いで受精卵を妻以外の女性の子宮に移植し出産する、というケースを言います。これは安易に母体を提供しやすく、商業主義に利用されやすいとされるものです。
 これに対して狭義の「サロゲートマザー」は、妻が不妊であり、夫の精液を使って妻以外の女性の子宮内で受精させ、出産するものを言います。この場合の精液提供は、AIH(配偶者間人工授精 …夫の性交不能の場合、人工的に夫の精液を用いて受胎させる)以外にもAID(非配偶者間人工授精…夫の生殖不能の場合、夫以外の他人の精液を用いて受胎させる)による場合があり、また受精もIVFによる場合があります。
 ここらへんはいろいろなケースが出てきて、概念が錯綜しているように感じますね。


 さてこの代理母で問題となるものの一つに、「実際に産んだ女性」と子供を望んだ夫婦(特に妻)との間の揉め事というものがあります。先の旧約聖書のケースでも

 アブラムはハガルのところに入り、彼女は身ごもった。ところが、自分が身ごもったのを知ると、彼女は女主人を軽んじた。サライはアブラムに言った。
「わたしが不当な目に遭ったのは、あなたのせいです。女奴隷をあなたのふところに与えたのはわたしなのに、彼女は自分が身ごもったのを知ると、わたしを軽んじるようになりました。主がわたしとあなたとの間を裁かれますように。」
 アブラムはサライに答えた。
「あなたの女奴隷はあなたのものだ。好きなようにするがいい。」
 サライは彼女につらく当たったので、彼女はサライのもとから逃げた。
(『創世記』16:4-6。新共同訳)

 何とも感情は思いのままにならないという例のように見えます。ここでハガルが産むのがイシュマエルで、実は後に神に約束された子イサクをサラが産み(アブラハム百歳、サラ九十歳の時!)、結局ハガルとイシュマエルは追い出されてしまうのです…(『創世記』21)


 実際のアメリカの代理母に関しても、法整備が未熟な時点でいろいろ問題が出ました。有名なのが次に挙げる「ベビーM事件」です。

 代理母が依頼主であり子の遺伝上の父親である男に、契約に反して、出産した子(ベビーM)の引渡しを拒否。この事件以降、商業的な代理母出産はアメリカの十数州で禁止された。

 1985年、M・B・ホワイトヘッド夫人はウィリアムおよびエリザベスのスターン夫妻と代理母契約を交わした。健康な子が生まれたら1万ドル受け取ること、出産後ただちに養子契約にサインし、親権を放棄するという契約内容であった。1986年、女児誕生。しかしホワイトヘッド夫人は翻意したことを不妊センターに伝え、報酬を受け取らず、養子契約もせずに子供とともに逃走した。スターン夫妻は警察に訴えて赤ん坊を取り戻したが、ベビーMの親権、養育権と代理母契約の合法性をめぐり裁判となった。1987年、ニュージャージー州地方裁判所は、ホワイトヘッド夫人には親権も養育権もなし、代理母契約は憲法の生殖の権利に照らし合わせて合法、ウィリアムを親権保持者と認め、夫妻に養育権を与えるという裁定を下した。しかし翌1988年、ニュージャージー州最高裁判所は、親権を精子提供者であるウィリアムと生みの親であるホワイトヘッド夫人の双方に認め、代理母契約を子供の売買であり、憲法で保証されている親が子供とともに生きる権利の強奪であるがゆえに違法とし、養育権は子供の最適利益から判断してウィリアムに、ホワイトヘッド夫人には訪問権を与えるという判決を下し、結審した。

再び向井さんのケース

 向井さんのケースでは代理母のシンディーさんは何の権利も求めておらずここでの紛れはありません。また子供たちに関しては米国国籍は与えられており、また書類さえ整えれば双子は日本国籍も認められるということで緊急の人権侵害にあたる何かがあるとも考え難いです。
 ただ一点、品川区役所に提出された出生届けに向井さんを母親とする「実子」という記述があって、それを認めるか認めないかが争われていたのです。


 向井さんがどうしても「養子」という形にしたくなかった感情的なところも無視はできないと思います。しかしこれを「法整備の未熟」を理由に認めなかったのも一つの見識、立場であろうと私は考えます。
 生命倫理の問題に絶対の解答は無いとこの日記でも何度か書きましたが、どの位置に自分が立つかで全然違った解釈がでてくるものだと痛感しますね。厚生労働省は議論百出だから軽々に結論は…などと言っているようですが、法整備がなければいくらでも類似の事案は上がってくるでしょう。議論がいろいろ出てくるからこそ、できるだけ急いでベターな決定(それが最終的なものでなくとも)が望まれているのです。


参考:日本語版Wikipedia 向井亜紀 (いろいろな経緯が書かれています)

*1:後にアブラハム

*2:後にサラ