ジンタ

 日露戦争後、日本の青年たちの関心は強く宗教というものに向けられていました。その頃の若者は、どの宗教ということはむしろ問わぬような《遠神清浄なる心境に対して限りなき希求の情》*1を覚えたのだと言います。

 そんな季節を背景に大流行した歌がある。『美しき天然』である。

 これは明治三十四(1901)年に世に出た作品で、作詞は武島羽衣、作曲は田中穂積。ワルツの調べに乗せて、このどこの宗派とも問わないような宗教感情への感動を歌ったものでした。一枚の譜面として発売されたものでしたが、瞬く間に当時の女学校の生徒たちの間で評判となり、愛唱されて大流行したのです。

空にさへづる鳥の声 峰より落つる滝の音〉とはじまる一番の歌詞は、〈調べ自在に弾き給ふ 神の御手の尊しや〉で終わる。二番は〈春は桜のあや衣、秋は紅葉の唐錦〉とはじまり、〈手際見事に織りたまふ、神のたくみの尊しや〉と閉じる。三番は〈うす墨ひける四方の山、くれなゐ匂う横かすみ〉とはじまり、〈筆も及ばずかきたまふ、神の力の尊しや〉と讃え、四番は〈朝に起る雲の殿、夕べにかかる虹の橋〉とはじまり、〈かく広大にたてたまふ、神の御業の尊しや〉と結ばれる。音楽、織物、絵画、建築にたとえて「造化の神」の造形力を讃える歌だったのだ。
鈴木貞美『「生命」で読む日本近代 大正生命主義の誕生と展開』NHKブックス[760])

 この歌のワルツのメロディーが、実は第二次世界大戦後にも流れ続けた「ジンタ」なのです。


 ♪ちゃ〜っちゃ ちゃらら ちゃ〜らら〜  ちゃらら ちゃ〜らら〜
  ちゃらら ちゃ〜ちゃ ちゃ〜らら〜 ちゃらら ちゃ〜らら〜〜〜
 (嗚呼、親の因果が子に報い…)


 サーカスや見世物小屋といった暗い暗い雰囲気のところで、やけに耳に残る短調のワルツ。寂しげなクラリネットの音。
 その「ジンタ」のもともとが、実はこの仏教ともキリスト教とも神道とも道教ともわからない「造化の神」を讃える『美しき天然』という流行歌だったのでした。


finalventさんの日記の昨日のコメント欄に「子供の時の鮮烈な記憶、ショウイグンジンとジンタ、60年代のはじめはまだそんな。」と書かれた方がいらっしゃったので…