カルピス
カルピス・コーポレーションの味の素株式会社への完全子会社化のニュースで思い出した話があります。
出家したゴータマ・シッダールタはアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタに 修行の基本を学んだ。それから六年にわたって断食などの苦行を続けたが、苦行が真理を得る 方法でないことを知ったゴータマは断食を止めて山を降り、ナイランジャナー(尼連禅河)で 沐浴してそこの村の長者の娘スジャーターから乳粥を供養された。その後河を渡ってブッダガヤ の菩提樹の下に草を敷いて座を作り、その上で禅定を始めた。七日後の未明、彼は悟りを開く。
「この時ゴータマにスジャーターが渡した飲み物がサルピスで、カルピスはそれにヒントを得て作ったもの」という話題を一つ話にしている先生に会ったことがありました。まだネットも一般にはあまり使われていない時、こういうネタ話はそうなんだと思わせるに足るものがあったのです。
ところがちょっと思いついてサルピスなどで検索してもスジャーターなどで検索しても、この二つの話が重なるところはなかなか見つかりません。スジャーターの捧げたものは「乳粥」という表現がとても多く、たまに「これはインドのダヒというヨーグルト」といった記述が出てくるだけです。
サルピスで検索すると、カルピスの公式サイトの次の記述がヒットします。
Q02.
「カルピス」の名前の由来は?
A.
「カルピス」の“カル”は、牛乳に含まれているカルシウムからとったもの。
“ピス”は、サンスクリット語に由来しています。
仏教では乳、酪、生酥、熟酥、醍醐を五味といい、五味の最高位を“サルピルマンダ”(醍醐)、次位を“サルピス”(熟酥=じゅくそ)というため、本来は最高のものとして“カルピル”と言うべきですが、創業者の三島海雲は、音楽家の山田耕筰(ヤマダコウサク)氏やサンスクリット語の権威・渡辺海旭(ワタナベカイギョク)氏に相談し、言いやすい「カルピス」と命名しました。
山田耕筰は『母音の組み合わせが、とても開放的かつ堅実性があってよい。発展性が感じられる。きっと繁盛する』と答えてくれたそうです。
1902年、当時25歳の三島海雲は内モンゴル(現中華人民共和国の内モンゴル自治区)を訪れ、そこで口にした飲み物をもとにして1919年に乳飲料カルピスを開発、発売しこの飲料と同名の企業の創業者となったと伝えられている。脱脂乳の単なる乳酸発酵による「酸乳」を加糖し、馬乳酒と類似する酵母による発酵がカルピス独特の風味に不可欠であることは長く企業秘密とされていたが、1990年代半ばに公開された。
社名の由来は「カルシウム」+サンスクリット語「サルピス」(salpis、漢訳:熟酥(じゅくそ)、次位の味の意味)=カルピスである。サンスクリット語「サルピル・マンダ」(sarpir-manda、漢訳:醍醐、無上の味の意味)を使用し、「サルピス」・「カルピル」とする案もあった。同社では、重要なことを決める際にはその道の第一人者を訪ねる「日本一主義」があり、音楽の第一人者山田耕筰に社名について相談したところ、「カルピス」が最も響きが良いということで現行社名・商品名になったという。
ということですし、サルピスは確かに由来に関わりますが、スジャーターはどうかと疑問が湧きます。
岩波の仏教辞典を引きますと、
醍醐 sarpirmanda
バターを煮溶かした時、表面にできるクリーム状の浮きかす、あるいは上澄み。
乳酪の最も精製されたもので、最高の味といわれる。
…〈醍醐味〉は五味の第5、究極の味として、真実教・涅槃・仏性などに喩えられる。
なお、天台教学では、五時の第5である法華涅槃時を〈醍醐〉に喩える。
五味
5種の味のこと。…仏教では、乳味・酪味・生酥味・熟酥味・醍醐味という牛乳を
精製する過程で経る5段階の味をいい、醍醐味を涅槃経に比定する(涅槃経14)。
天台宗では、特に五時経に配して、釈迦一代の聖経が説かれた次第とその醇熟すること
にたとえる。
という記述で、ここにも村娘の影はありません。
涅槃経第14巻でも
従牛出乳 従乳出酪 従酪出酥 従生酥出熟酥 従熟酥出醍醐 醍醐最上 若有服者 衆病皆除
牛より乳が出で、乳より酪が出で、酪より生酥が出で、生酥より熟酥が出で、熟酥より醍醐が出ず。醍醐は最上なり。もし服する者あらば衆病皆除く。(あらゆる諸楽ことごとくその中に入るがごとく仏もまたかくのごとし…と続く)
やはり全く両者は関係がなかったのかと失望しかけていた時に、「みぎゅるの Blog」さんで次の記述に目を留めました。
でも「サルピス」なんていうサンスクリット語が本当にあるのか気になったので、アプテ辞書(The Practical Sanskrit-English Dictionary)で調べてみました。
すぐに見つかりました。 (^^;)sarpis (n.) [s.rp-isi]
Clarified butter; (for the difference between gh.rta and sarpis see aajya )モニエル辞書(Sir Monier, Sanskrit-English Dictionary)でも、同様の説明が載っています:
sarpis (n.)
Clarified butter; (i.e. melted butter with the scum cleared off, commonly called 'ghee', eiher fluid or solidified)モニエルによれば、インド料理に不可欠のいわゆるギー油とサルピスは、同一らしい。
アプテも、「グリッタ」(gh,rta)や「アージュヤ」(aajya)という類義語を並べながらも、サルピスが「油」であることには変わりがないようです。
(強調引用者)
サイト主さんは去年の夏、日テレの「カルピスを創った日本人」という番組を見てこれを調べてみようと思われたそうです。「ギー」ですか…。と思ってギーの作り方で検索したところ、
ギーの作り方
油を燃やすと必ず『カス』が残ります。
石油の他の油でも、黒いカスが残る場合が多いと思いますが、これが『不燃焼物』。人間のからだも酸素とエネルギーが結びついて『燃焼』してるのはご存じの通りですね。
その『燃焼』を完全燃焼させて『カス』を残しにくくする『油』がインド・アーユルヴェーダの推奨する『ギー』(高純度バター)です。
◆本当のギーは (1)新鮮な牛乳を過熱し、乳酸菌で静置発酵させる(インド製ヨーグルトのダヒ) (2)撹拌して発酵バターを作る(マカーン) (3)(2)をしばらく煮立たせた後、沈殿物を取り除く。(強調引用者)
なんとここで話が(ようやく)つながった感じです!
あの先生のどこかで仕入れた話はかなり怪しかったものの、ゴータマに捧げられたスジャーターの飲み物が「ダヒ」だったとすれば、その「ダヒ」から「ギー」が作られ、その「ギー」がサルピスと同じだとすれば、ここでスジャーターの話とカルピスはつながりを持つと言えることになるんです。
何とも長い話でしたが、思い出をネタにあちこち探してこういう結論を導いたという次第です…。