感情をどうコントロールするか

 以前に「初めての集団生活(SECRET LIFE OF THE CLASSROOM)」というエントリーを立てて、BS世界のドキュメンタリー、シリーズ『欧米の教育現場から』の番組の一つを紹介しましたが、そのシリーズの別の番組を視聴したときのメモが出てきましたのでそれもご紹介。
 感情のコントロールとか、怒らずにすませるにはどうしたらよいかとか、今わりに話題になっている事例にも結構関係しそうですので…

 イギリス、チャンネル4製作 「感情をどうコントロールするか(EQ and the emotional curriculum)」

人間の知能はIQだけではない

 番組は、子どもたちが感情をコントロールできずに学校生活で悩みを抱えているというところから始まります。そして人間の知的生活は、IQ(知能指数)で示されるようなものだけで成り立つわけではないという語りが挟まれます。
 イギリスでは就学期前の児童にも「全国統一の学力テスト」などが行なわれ、進路決定や奨学金が与えられるかどうかなど様々に子どもたちの将来に関わってくるそうです。そのため、ほんの2、3歳の頃から親たちは子どもの知能指数を気にし、能力の開発に関心を持ちます。こういう現実に対して、教育心理学者のピーター・ケンダルは次のように語ります。

 親御さんはIQばかり気にしますが、子どもの他の能力にも目を向けて欲しいと思います。ものごとに粘り強く取り組み最後まで頑張り通す能力や、他人と協力し合いそれぞれの技能を最大限発揮する能力などは、IQの数値と同じくらい大切なのです。

 ここで「知能はIQだけでは測れないかもしれない」というナレーションがきて、知能は様々な形で現れるという多重知能理論が紹介されます。ハーバード大の認知・教育学のハワード・ガードナーは次のように話します。

 人は、七つから九つ、あるいはそれ以上の異なる知能を発達させてきたというのが多重知能理論の考え方です。教育現場で言われてきた従来の知能(Intelligence)とは言語的知能や論理数学的知能のことですが、他にも音楽的知能、身体運動的知能などがあるんです。他人や自分自身のことを理解する知能、そういう人格的知能も存在すると言います。人はこうした知能を持ち、人間であるというのはそういうことなのです。そのコンビネーションは人がそれぞれ違うのと同様多様なものです…

こころの知能指数

 IQが高いだけではその人が成功できるかどうかはわからないという話がここで出てきます。IQの値からは、その人が努力するかどうかも、活躍の場を見つけられるかどうかもわからないというのです。

 IQはきわめて高いのに、才能を伸ばせない子は大勢います。感情面が成熟していない、つまりこころの知能指数が低いからです…

 というピーター・ケンダルの語りが挟まれた後に、『EQ こころの知能指数』の著者、ダニエル・ゴールマンの話が入ります。(この番組は、彼のこの本のEQ理論に則った話を展開するものでした)

 EQ、こころの知能指数は、人が自分の感情をコントロールする力、他人との関係を築く力を示します。誰かと対立した時に解決策を導き出せるか、人をうまく説得できるかといったところを示すのです。
 こうした能力は人生に欠かせないものです。この力を伸ばすカリキュラムが学校にないのが不思議です…

 ここで番組は、番組冒頭の問題を抱える子を映したロンドン南部のグリニッジにあるアナンデイル小学校にフォーカスします。ここの学校は統一の学力テストでも優秀な成績を見せるのですが、EQを考慮に入れた最先端の授業も行なわれているとのこと。こちらの小学校の校長先生が、10歳の児童7、8名に「EQを伸ばすことを目的にした3ヶ月の特別授業」を始めるところが映されます。
 授業はまず「自分が怒りを感じる時」について話し合うことから始まり、次に脳の構造と働きを学ぶという段階に入ります(脳とほぼ同じ重さ(1.5kg)の砂袋を持たせるという導入でした)。ここでゴールマンのインタビューがまた挟まれます。

 脳の構造を理解しないことには、こころの知能指数がなぜそれほど重要なのかも、それが従来のIQとは根本的に違うのだということもわからないでしょう…

 ここで語られるのは、人間の情動を司る「大脳辺縁系」とそれを包む「大脳新皮質」の違いを理解しようということです。
 大脳辺縁系は情動や衝動、モチベーション、そして闘争心や恐怖心を生み出す「古い脳」です。これが論理や理性を働かせる「新しい脳」、大脳新皮質を時に抑えつけてしまうのです。その辺縁系の原動力は「扁桃核(Amygdala)」と呼ばれる部分です。この扁桃核は、人間の両極端の情動に関与するとされます。それは怒りや暴力性、攻撃性を司る一方、愛情という人間らしい感情にも関係するのだそうです。
 そしてこの扁桃核からの(情動的な)指令は、たびたび大脳新皮質絡みの(理性的な)指令をハイジャックし、「なぜあんな事を言ってしまったのか」とか「なぜあんな事をしてしまったのか」とかいうような非理性的な行動に人間を走らせてしまうのだとナレーションは語ります。

衝動を抑え、怒りを抑制するスキル

 小学校の校長先生は行なわれている授業を冷静になるためのテクニックを学ぶ授業だと表現します。そして子どもたちに言います。

 君たちは自分の行動を選べるんだよ…

 ここで出てくるスキルとは、衝動を抑制する能力と怒りを抑制する能力の二つに関わるものとされます。それは、扁桃核と(新皮質の)前頭葉とをつなぐ回路を強化することに他ならないとゴールマンは言います。それができれば、「人は怒りを抑え、目標達成のためのモチベーションを保つことができるでしょう…」。
 番組ではその鍵は古い言い方で「自己鍛錬」と言われるものだと続きます。衝動を抑え、欲望のままに行動しないことがいかに大切かを自分で知ることが必要だというのです。小学校での授業は、それぞれが自分の行動に目標設定をするという場面を迎えます。

マシュマロ・テスト

 番組のこの部分で挿入されるのは、30年以上前にニューヨークで行なわれたマシュマロ・テストのエピソードとその再現実験です。マシュマロ・テストは、たとえば子どもの前に1個マシュマロを置き、5分間我慢できたら3個あげると言って大人は部屋の外に出、マジックミラーから子どもを観察するといった「子どもがどれだけ自分の欲望を抑えられるかを調べた」実験でした。目先の欲求と、それを抑えることによる利益との天秤を子どもに試したのですね。
 大体平均すると3分の2の子どもが我慢できたそうです。そうした子はそれぞれ自分なりの気の紛らし方を工夫して、なんとか耐えました。これに対して我慢できなかった子たちは、ずっと対象のマシュマロなりチョコレートなりに集中してしまい、他のことが考えられなくなって手を出してしまうのでした。
 当時この実験をした学者たちは追跡調査も行なっていました。子どもたちが思春期を迎えた頃、親御さんたちにお子さんは今どうしていますかというアンケートを取ったのです。それによれば、我慢できた子どもたちには大体三つの傾向がみられ、彼らは「社会に適応したティーンエイジャーになっており」「成績もまあ良いというレベル」「トラブルにぶつかっても、(我慢できなかった子に比べて)よりうまく解決できていた」とのこと。
 我慢できなかった子たちは「自分を律することへの理解力に欠け」、自分の欲望を抑えるという局面では「より苦労する傾向が見られる」という具合だったそうです。


 ところがさらにこの子達が大学入学の時期を迎え、彼らに大学進学適性試験を行なったところ、誰も想像しなかった結果がでたのです。1600点満点の試験で、「我慢できなかった子」たちの方が「平均で210点、上位の成績を取った」のでした。


 …という(皮肉な結果の)ところまでで実はメモは終わっています。そのため今まで日記で書かなかったのでしたが、「自分を抑えること」などがタイムリーに問題化している感じですので、ちょっと中途までではありますが紹介してみました。
 記憶を辿ると、確かアナンデイル小の小学生たちは「自分の感情を日記に書き綴る」ということをあの授業の次の段階でしていました。そして自分が置かれていた状況やその時の感情を文字化することによって、感情の抑え方とか冷静になる手段を見つけていった…という具合だったはずです。
 そんなことはやっているはずのブロガーが、なぜ情動に引っ張られたことをしてしまうのか。興味深いことです。もしかしたらそういう傾向を持つ人は、小学生ほど素直に自分の感情を日記に書いてしまうようなことができないのかもしれません…。


 ※ここらでメモを止めてしまったのは、EQ(Emotional Intelligence Quotient:情動指数)というものだけで人間の行動を全部説明できるかのような番組の作りにちょっと疑問を抱いたという個人的な理由があります。IQ万能を疑う姿勢は諒としますが、代わりにではEQをどうぞ…ではちっとも自立できてないな〜と思ってしまったのですね。今はそういう具合に衝動的にメモを取るのを止めてしまったことを(ほんのちょっぴり)後悔しています…。
 ちなみにWikipediaの「心の知能指数」の項では、

 1920年コロンビア大学エドワード・ソーンダイクが、他人と付き合う能力を「社会的知性」として取り上げた(Thorndike 1920)。1975年、ハワード・ガードナー が『The shattered mind』を発表し、他者との対話と自己との対話の両方を理論化した「多重知能(MI)理論」(人には8種類の知性のタイプがあるとしたもので、後に2種類を追加)を始めて唱えた(Gardner 1975)。ガードナーを始めとする多くの心理学者は、IQテストのような従来からの知性の尺度では、人の認識力を完全には捉えきれないと考えている(Smith 2002)。


 EI(Emotional Intelligence)という用語はワイン・ペインが作ったとされている(1985)。その10年後になって、ダニエル・ゴールマンがEIを書籍や新聞記事に紹介してビジネス展開したことにより、この言葉は有名になった(1995)

 とあり、ゴールマンを微妙に胡散臭く感じた自分の眼は多少正当化されたような気がします(笑)
 まだ飛びつくには早すぎる概念・仕掛けではないかという感じも少ししますね。