中国の偽薬禍は十年前から(もしかしたら全世界で…)

 中国から「純粋グリセリン」と偽ってジエチレングリコールが輸出され、それが風邪薬(シロップ)に混入することでパナマの少なくとも100人の人が死亡した事件が昨年ありました。実はこれが「繰り返された悲劇」の一つだったということが、昨日のNYTの記事「F.D.A. Tracked Poisoned Drugs, but Trail Went Cold in China」で書かれています。
 実際この偽薬禍自体には製造した中国の工場だけでなくヨーロッパのいくつかの貿易会社も絡んでおり、中国だけを叩くのはおかしいという見方もあるでしょう。でもこの記事で指摘されているのは、過去の類似の事件においてアメリカのFDAが原因の追及にあたり、結局それが中国国内に遡ったところで有耶無耶にされてしまって、責任や問題が追求できなくなってしまっていたという現実です。


 ほぼ10年前の1996年の6月あたりに、F.D.A(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)は、ハイチ共和国での大薬害事件に重大な関心を寄せるようになっていました。これは首都ポルト・オー・プランスの病院で「風邪シロップ(薬)」に混入していたジエチレングリコールの所為で、医療関係者が覚えている限りでも少なくとも88人(ほとんどが2歳未満の幼児)が死亡したという事件でした。
 そこでFDAでは捜査官を派遣して、このジエチレングリコールがどういう経路で輸入され、どこで製造されていたかを追跡調査したのです。ところが結局その追求は中国当局などの協力を得られずに曖昧になったままで終わり、10年後にほぼ同じ悲劇が繰り返されてしまった…というのが上記記事の骨子です。また、この記事には同様の「多国間貿易による偽薬禍被害」が他にもあったことが記されていました。


 1998年、インドのデリーの二つの病院では、30人以上の子供たちが急性腎疾患で死亡し始めていました。地元の薬品製造会社が、知らず知らずのうちにアセトアミノフェンシロップの中にジエチレングリコールを混ぜてしまっていたからでした。ちょうどハイチの薬剤師がそうしてしまったように。
 インドの当局は薬品会社までは見つけることができましたが、製造元についてはとうとう把握できなかったそうです。資金豊富で独尊のアメリカのFDAができなかったことが、途上国やそうした国々にできるわけもなかったのだと記事は言います。


 バングラデシュダッカでも、1982年から1992年にかけて何千人もの子供がジエチレングリコールの薬剤への混入によって命を落としたと考えられていますが、そのジエチレングリコールを供給した外国の会社は突き止められていません。


 アルゼンチンでは1992年に、29人の人が健康サプリメントに混じったジエチレングリコールによって命を落としましたが、誰がそれを作り誰がそれを持ってきたかについては裁判所でも不明ということで終わってしまっています。


 あまり豊かでない国の普通の人々が子供を死なせてしまったからといって、多国間貿易を洗い出し原因を突き止めるようなコストを負担できるわけがありません。常にそこには「泣き寝入り」せざるを得ない被害者だけが残るのです。


 そして原因究明の試みの中で、かつての中国当局のような非協力的態度が繰り返されるのならば、この悲劇がここでお終いになるなどとは誰にも言えはしないのです。