「女が東大に入って幸せになるはずがない」

 ちょっとネットを離れている間に、格差とか学歴、生き方といったところについて活発に議論されていたようですね。今はおおよそを読ませていただいているぐらいなのですが、一つだけ、その場にいたらこれを材料に書いてもいたかなというネタを思い起こしましたので、書いておきます。


 これは、NHK教育の「知るを楽しむ」というシリーズの『人生の歩き方』という番組で、歌手の加藤登紀子さんが語られたご両親の言葉です。加藤さんがなぜ歌手になったかというあたりに関わるもので、加藤さんはインタビューの冒頭の方でこう話されました。

 「女が東大に入って幸せになるはずがない」と父は言っていました。「お前は不幸せな女になるんやろな」と何度も。華やかで楽しい女の幸せから離れたと思っていたんですね。

 そしてそのお父さんが申し込んだアマチュアシャンソン・コンクールで優勝し、加藤さんは現役東大生歌手ということでプロデビューすることになったのでした*1
 さて加藤さんは小さい頃から歌が得意とかいうことではなく、むしろ小学校の時は音楽・体育・図工の成績はだめだめで算数が好きだったというのですが、これに対して加藤さんのお母さんは

 「算数なんかできても幸せになれない。算数や国語は人並みにできればいい。人として一番大事なものは、音楽・図工・体育、これだ。生きていって大事なものはこれですよ」というのが母の意見でした。
 それで小学校三年生から歌のレッスンをすることになったんです。それは歌手を目指すとか何とかではなく、人としてまともになるために(笑)だったんです。


 加藤登紀子さんは1943年満州ハルビン生まれ。そのご両親はまさに「戦前」の世代で、かつてはこういう親の意見が世の中には多かったんじゃないかなと思わせるような内容です。それでも勉強したい子供たちは勉強し学ぶ道を目指していったのかと思いますが、戦後は、この道がかつてより女性に、そして比較的お金のない家庭に開かれていったということは確かなのではないでしょうか。
 「女が東大に入ると不幸せになる」なんて今から見れば笑っちゃうような言葉でしかないのですが、そこを見るというよりはこの言葉が示す「過去」の中で、特にお母さんの言葉の含意から汲めるものはないかとふと思うのです。
 ご両親の言葉はある種セットのものだと感じます。お父さんの言葉を一笑に付して、お母さんの言葉に感心するという受け取り方は正しくないのではないかとも思うのです。お父さんの旧弊さをどう捉え、お母さんの気持をそれに近いところでどう受け取るか。こういうところに顔を出す「過去」を、思い込みでなく生の言葉として捉えてそれについて考えることは、きっと「現在」の状況を考えるヒントになってくるだろうなと思いました。

*1:優勝したのはお父さんが最初に申し込んだ回でなく、二度目に出場した時だとはおっしゃっていましたが