中国病

 「おそらく非現実的」と自覚しつつも、リチャード・ギア氏が北京五輪のボイコットを呼びかけているという記事に接し、中国病というものをかなり以前からおっしゃっている横山宏章氏の言葉を思い出しました。横山氏は中国の政治外交史がご専門で、今は北九州市立大学におられる政治学畑の方です。
 氏のおっしゃる中国病とは「帝国病症候群(あるいは帝国願望症候群)」といったもので、諸症状としては

1 英雄待望症・英雄崇拝症(早く英雄が現れてわれわれを救済してくれないか病)
2 覇道政治症(反対者は敵である、敵は殺すに限る病)
3 大一統信仰症(何が何でも中国は一つでなければならない病)
4 天下覇権症(中国が天下を支配しなければならない病)

 といったあたりを指摘されておられます。もっとも、氏がこれを提唱されていたのを目にしたのは中国建国50年の8年前のことですので、現時点の諸症状は少し変わってきているかもしれません(経済的活動などに絡んで怪しげな症候が増えているかも)。
 このうちの「大統一信仰症」に関しては次のように言われております。

 帝国はその多元的構造からして常に分裂の危機を内包している。だから多様性を統合する見えるシンボルとして英雄の出現が必要であるが、その統合の思想的核が「大一統」思想である。すべてを一つに収斂させる志向である。
 大一統の核心は価値の一元化である。正しい価値は一つしかなく、正統的価値以外は異端的価値として排斥されることとなる。正統的価値は中華文化から発生することになるから、中華文化の吸収度合いが低い周辺の野蛮な夷狄はその自立的存在を否定されることとなる。だから周辺の愚かなモンゴル、チベット民族などは、大一統のもとで中華世界から独立することはとんでもないこととなる。すべては漢民族の中国に統合されるべきであるという論理がまかり通ることになる。チベットや新疆や台湾の独立は、この大一統の価値観からみて、当然ながら許されざる背信行為だ。こうして国際的な趨勢であるエスニシティを認めない欠陥がさらけ出される。
 (「中国病に気づかない中国」 『本』、講談社、1999年6月号所収)

 中国が清朝時代の版図にこだわり、あるいは侵した周辺諸国に独立を許さないのは、自らの崩壊に恐怖しているから(その裏返し)であるといった説明にひどく納得した覚えがあります。


 北京オリンピックのスローガンは「One World.One Dream」です。ここに見られる「一つの世界。一つの夢」といったものいいは、端無くも上記「大一統」への願望をシンボリックに表しているものにも思えます。畢竟「一つの世界」というものは、一つの価値観によって支えられるものなのですから。
 「手をたずさえて未来を築き上げる」という理想も、偉大な中華民族がその中国を中心とした理想の世界を作るのだという黒い?理想だと思ってみれば、周辺国に住む私などは戦々恐々というものなのですが…


 R.ギアさんが北京五輪ボイコット呼びかけ

 3日、ベネチア国際映画祭で新作映画をPRするリチャード・ギアさん=AP チベット仏教の熱心な信者として知られる俳優のリチャード・ギアさん(58)が、中国の人権問題を理由に来年夏に開催される北京五輪ボイコットを呼びかけ、波紋が広がっている。


 ギアさんはロイター通信に対し、「五輪は、チベットの将来を決め、中国にチベットの人々への人権弾圧をやめさせることを促す良い機会だ」と述べた。ギアさんは、7日に全米公開予定のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(92〜95年)を描いた新作映画「ザ・ハンティング・パーティー」(リチャード・シェパード監督)のインタビューで北京五輪について触れ、「ボイコットは恐らく非現実的だが、感情的には意味がある行動だ」と強調。「自国民や他民族を弾圧する国を世界がなぜ、称賛する必要があるのか」と中国を批判した。ニューヨークやインドのニューデリーでは先月、多くのチベット人が五輪ボイコットを呼びかける抗議行動をした。

 チベットには中国人民解放軍が1950年に進駐し、翌年、全土を制圧。国際人権擁護団体「アムネスティ・インターナショナル」などは、中国がチベットの人々の人権を弾圧し、文化を抑圧していると批判しているが、中国は「歴史的に貧しい地域の発展を支援している」との立場で、チベットの分離独立を断固阻止する姿勢を貫いている。同通信によると、ギアさんは「共産主義と資本主義の一種の偽りの二元論は、いつか破たんするだろう」とまで言い切った。

毎日新聞 2007年9月5日)