引越し顛末 その二

 さて引越し話の続きですが、自分でどんどんモノを運んでいたとき、今回はパッケージングは極力しないことと決めていました。へたに段ボールなどに入れて搬入してしまいますと、そのまま開梱しないでずっとモノが隠れたままになっているということ(前回の引越し)の轍を踏まないようにしようと思ったのです。考えてみれば運ぶだけ運んで開けないでいるようなものはイラナイモノと相場が決まっているような気もしますが…。
 とにかくその方針のため、あまり大きくない取っ手のついたバスケットのようなものやプラスチックの折り畳みコンテナをいくつか用意し、本でも何でもさっと入れて運んでモノ置き場専用にした一室に運ぶという感じで往復していました。おかげで一部屋半は文字通り足の踏み場もない状況になっていて、あの時期に地震でも来たら本の山が崩れて大変なことになっていたかもしれません。


 そんなこんなで業者さんが来てくれる日を迎え、机1、書棚6、冷蔵庫1、洗濯機1、ハンガーシェルフ1、パイプシェルフ4、ウッドカーペット1…といったところを一気に搬送。思ったよりすらすらトラックに積み込め、新宅でどんどん運び出して…と調子が良かったのですが、机を二階の一室に入れるところでちょっと頓挫しました。二階の廊下と、そしてなにより部屋のドアが狭く、机が入らないのです。ああだこうだと角度を変え、それでも無理ならと蝶番ごとドアを外してやってみたのですが失敗。ちなみに業者の人は30前後のプロっぽい男の人と20をいくらも出ていないような男の子(バイトかも)のペアで、とうとう机を吊って二階のサッシを外してそこから引き上げるという勝負に出ました。ちょっと見ていて危うかったのですがなんとか成功。「吊り上げ」は全然想定していなかったようで、それがあるなら二人じゃ無理だったと何度も言っていました。まあそれでも結局は成功しましたし、見積もり通りの支払いで私は胸を撫で下ろしたのですが。


 その大物の引越しは半日で終わり、後の半日を費やして大まかな書棚の設置とかいろいろやりました。ただその頃はリアル倉庫番状態で、二部屋に渡って積まれた本やモノをなんとか整理する目処をつけなければならなかったのです。案の定その作業は意外に長く続くことになるのですがそれはまた後の話。


 次の日からは旧居の掃除です。実はこれが一つの大きなポイントでした。
 大家さんの都合で三年ばかり住んだところを明け渡すにあたって、一つだけ条件交渉していたのです。それは敷金の全額返却プラスCATV工事費(2万円)を出してもらうということだったのです。
 もともとお借りしていた家は大家さんが建てたものではなく、その前の所有者が二十数年前に建てたもので、かなり古い物件でしたが広さが自慢といった具合の家でした。そしてほとんどが和室で、リビングだけはフローリングだったのですが、そこにも障子で仕切られる四畳半の和室が(段差をつけて)入り込むといった体のものでしたからとにかく畳が多かったのです。
 入居時の条件のようなもので、引越す時の畳の交換はすべて入居者負担とかいうことになっておりましたから、それだけで優に敷金は吹き飛びかねないという感じだったのです。もちろん畳の交換ではなく表替えで済むところはそうしてくださるよう交渉しようとは思っていましたが、全部表替えにしても業者によってはまるまる敷金が飛ぶかもという具合で、ちょっと頭の痛いところでした。もちろん畳はできるだけ保護して暮らしてはいましたが、敷金は半ばあきらめなきゃいけないかもと…
 そういうところでの大家さんの通告でしたから、一方で気持ちよく「引越し代などは請求しない」という一筆は入れて差し上げつつ、同時に「表替えなどでも四、五年でやるのが相場。三年少々で出てくれとおっしゃるのなら畳に関しては一切こちらの負担無しに…」ということを申し入れたのでした。
 またここはテレビの写りもかなり悪いところで、最初はブースターもなしに一切テレビは写らず、工事の人がそれを入れてからもきれいな画像ではなく、うっかりとは思いますが最初に入居の設備としてCATVを不動産屋さんもうたっていたので、まず大家さんの承諾を受けて私の費用負担でケーブルテレビを入れていたのでした。これは明らかに「設備」であろうと、大家さんの承認を得た設備は退去時に費用負担を大家さん側に求められると考えていましたので、この際それもはっきりさせておこうとしたのです。


 その結果、「退去時の掃除はそちらで丁寧に行なってくれれば敷金は全額返還。さらにケーブルテレビ代も出す」という書面を出してもらうことに成功していました。
 大抵はハウスクリーニングの業者が入って、それが敷金から引かれることになりますから、その分も私の努力次第ではコストカットできそうなので力も入るというものです。布団一組だけ旧宅に残して、泊り込みで(っていうのもおかしいですが)一部屋一部屋念入りに掃除を始めました。これでおよそ5日間、新宅のごちゃごちゃの山はほったらかしで旧宅にかかりきりだったのです…。