イラク戦争の評価

 皓皓とした月が懸かっていました。かぐやは今どこらへんでしょうか。
 大きなニュースがないのは穏やかないい知らせだとも思います。十三夜の話がニュースで大きく扱われること自体、少し慶賀すべきことなのかもしれません。それにしてもちょっと多すぎかも。


 さてニュースでは守屋前事務次官の「不適当な付き合い」なるものについても結構な時間が割かれています。どうも関連業者の人と不適当な付き合いを続けていた…とか耳で聞くと、反射的に「禁断の愛」方向に連想が働いてしまいます。「長年にわたる個人的な(爛れた)付き合い?」などというものは、誰が何と言おうとある時にはあるもので、守屋氏はああいう感じの容貌ですが人を容姿だけで判断しちゃいけないと思います…(と言ってみたり)


 民主党は何とかこのスキャンダルをテロ特措法の方向に関連付けたいと思っているみたいですが、私にはちょっと無理筋に見えます。それより何よりテロ特措法で動いた給油艦の給油量の問題だとか給油先の疑惑だとか、どうにも私にはそれほどの問題とは思えなかったんですね。
 どこに一生懸命問題を訴える民主党の人たちとの感覚のずれがあるのか何となく考えてみましたら、結局はイラク戦争をどう評価するかというあたりに帰着するんじゃないかと思えてきました。
 つまりは、イラク戦争を第二のベトナム戦争、汚い侵略じみたアメリカの戦争だと思える人にとっては給油先の疑惑?が大きな問題に見え、そうでない人にとっては大した問題じゃないところに拘っているように見えると、そういうことなのではないでしょうか。


 何もイラク戦争でのアメリカの(というか共和党の)主張をまるまる信じるわけではなくとも、あれをベトナム戦争並に不当不誠実な戦いであり、イラクの民衆が一方的に米軍に被害を蒙っているというようには少なくとも私には思えません。現にイラクにはサダム・フセインという存在がありましたし、それがいなくなるメリットというものを享受するイラク人も多くいた(いる)はず。またフセイン政権崩壊後、国の一部が混乱(あるいは内戦のような状態)になっている責をアメリカだけに押し付けるのは無理でしょう。宗教的対立、主導権争い、またそれに乗じて混乱を拡大しようとするテロリストの流入など、アメリカに悪役を割り振っただけで説明できるものではないのですから。
 もっとも、イラク戦争ベトナム戦争あたりになぞらえ、戦争への忌避感を煽っていた向きはもともとアメリカからの動きでしょうね。どうしてそれをそのまま輸入して、それに疑いも持たずにああだこうだと言っている人たちが多いのでしょう? 傍目八目と言いますか日本から見ればまた別の見え方もあるでしょうし、たとえばブッシュに対するネガティブな印象付けを躍起になってしなければならない動機のある人も日本ではほとんどいないはずなのに、と思います。


 イラク戦争に対する評価が、もし今の日本でも強く否定的なものであるならば民主党の狙い通り新テロ特措法で自民党はまた味噌をつけることになるでしょうが、そういう人が今多数派かといえば私にはどうにもそう思えないのですが…