即戦力?何それ?

 はてダで、昨夏から内田麻理香さんという方が「T Lounge 東京大学工学系研究科・工学部広報室担当者のブログ」を開設されています。こちらの■[T lounge][工学]歴史モノの額&工学部の沿革という記事では、その工学部を

 東京大学工学部の沿革ですが、手元にある東京大学本郷キャンパス案内によりますと
1871年 工部省に工学寮が設立
1873年 大学となり「工学校」となる
・1877年 「工部大学校」へ改称
1886年 文部省移管に伴い、帝国大学「工科大学」に(東京帝国大学と合併)
ということらしいです。披露しても誰も喜んでくれなさそうなウンチクではありますが。ま、とにかくこの「工科大学」の額は工科大学になったばかりのころに作られた、ということなので約120年もの、ってことになりますね。でも、これからご紹介するネタは知っていたら(少し)面白いかも。さすが「はてな」、既にキーワード化されて言及されているのです。

欧米では大学のなかに設置されず、インスティチュートとして別組織に分割されることが多かった。
世界で始めての工学部は、東京帝国大学工学部である。
欧米では大学に工学部を設置する動きは、第二次大戦後に本格化した。
 工学部とは - はてなダイアリー

 というわけでして、別エントリーでも書きましたが、東大工学部は世界初の工学部なのです。

 というように紹介されています。大学に工学部をおくというのはまったく昔のグローバル・スタンダード(と言うよりかつてのヨーロッパのスタンダード)じゃなかったんですね。
 また同様に「世界初の農学部」は明治23年の農科大学―東大農学部東大農学部の歴史)、「世界初の商学部」は明治37年明治大学商学部商学部100年の歴史*1などというように、意外にも思える学部で世界初が並びます。


 これはもともと大学発祥の地であるヨーロッパで、「大学」が実用的な学問をするところだと思われていなかったということを意味しています。それではそれは何をするところだと思われていたかと言えば、「ギリシャ・ローマ・ヘブライの古典的教養を通して人間形成をはかる」ところだったのです。
 ヨーロッパ最古の大学とされるボローニャ大学の歴史を覗きますと

The institution that we today call the University began to take shape in Bologna at the end of the eleventh century, when masters of Grammar, Rhetoric and Logic began to devote themselves to the law.

In the 14th Century, so-called "artists" - scholars of Medicine, Philosophy, Arithmetic, Astronomy, Logic, Rhetoric, and Grammar - began to collaborate with the school of jurists. In 1364, the teaching of Theology was instituted.
 ボローニャ大学(英文サイト-Our History)より

 というように記されています。ここで強調される「Grammar, Rhetoric and Logic」や「Arithmetic, Astronomy」などはみなars*2に関わるもの。arsは自由人の修めるべき七科で、主に言語に関わるtrivium:文法・論理・修辞と、主に数学に関わるqudrivium:算術・幾何・天文・音楽からなるものです。そしてこれら(自由)七科を修めた上に哲学があり、さらに上位に神学が考えられたりするのがヨーロッパの学問伝統だったのです。
 それはあくまで自由人としての「教養」で、手工業者や商人のための「訓練」とは区別されるものでした。ですから実学としての学問分野を入れる発想がある時期までありませんでした。


 そういうわけで「即戦力?何それ?」に近い感覚がヨーロッパの大学には残っているらしいです*3。「大学は実用的なものを教える場所であって欲しくない」というのがそれです。つまり知識・技能を修得するのが小・中・高の役割で、心の陶冶をするのが大学というこちらとは真逆の認識がありそうなんです。
 またこうした「人間形成」「心の陶冶」という役割が大学に意識されているとどうなるかなのですが、彼らのエリート意識というものが半端ではなく強固なものになるということが想像されます。だってマスプロではない伝統ある大学に通った人というのが「頭がいい」だけでなく「人格的にも優れている」というバイアスが社会的にかかっているということなのですから。ですから良し悪しで、どちらが一概に良いとは言えないようにも思えます…。

*1:ただし、大学令によって明治大学が認可された大正9年をスタートとみれば、同年の東京商科大学一橋大学(それ以前は東京高等商業学校)と同時になります。

*2:ラテン語。英語ではliberal artsに相当

*3:わずか三人ばかりですが一応そこらへんを聞いてもみました