チベット騒乱

 中国の政治外交史が専門の横山宏章氏(北九州市立大学大学院社会システム研究科)によれば「中国病」というものがあるそうで、それは「帝国病症候群(あるいは帝国願望症候群)」といったものだそうです。その諸症状を列記すると以下のようになります。

1 英雄待望症・英雄崇拝症(早く英雄が現れてわれわれを救済してくれないか病)
2 覇道政治症(反対者は敵である、敵は殺すに限る病)
3 大一統信仰症(何が何でも中国は一つでなければならない病)
4 天下覇権症(中国が天下を支配しなければならない病)

 特にこの「大一統信仰症」というのが今回のチベット騒乱では最も悪い目を出している要因で、チベットが民族自立を独立なり自治なりで果たそうとすることがどうにも許せないから暴力的に抑圧してしまう…ということなのではないかと思いました。何だか独立派を圧殺しようとする自分たちが「被害者」みたいな、妙な、傍から見ると奇妙すぎるような感覚がそこにあるようにも感じます。
 チベット暴動、中国はダライ・ラマ派との「人民戦争」を宣言

 …16日付のチベット・デーリー紙によると、中国政府当局者は15日の会合で「今回の乱闘や破壊、略奪、放火の憂慮すべき出来事は、国内外の反動的な分離派勢力が慎重に計画したもので、最終目的はチベットの独立だ」と指摘。「分離主義に反対し安定を守るため、人民戦争を戦う。こうした勢力の悪意ある行為を暴き出し、ダライ派の醜い面を明るみにさらけ出す」としている。…
(ロイター 2008年 03月16日)


 個人の行動に譬えると、往々にしてこういうときは神経症様の反応がそこに出ているもの。集団でヒステリックになってしまっている今の状態では(しばらくは)外から誰にもブレーキをかけられないのではないかと危惧しています。

 帝国はその多元的構造からして常に分裂の危機を内包している。だから多様性を統合する見えるシンボルとして英雄の出現が必要であるが、その統合の思想的核が「大一統」思想である。すべてを一つに収斂させる志向である。

 大一統の核心は価値の一元化である。正しい価値は一つしかなく、正統的価値以外は異端的価値として排斥されることとなる。正統的価値は中華文化から発生することになるから、中華文化の吸収度合いが低い周辺の野蛮な夷狄はその自立的存在を否定されることとなる。だから周辺の愚かなモンゴル、チベット民族などは、大一統のもとで中華世界から独立することはとんでもないこととなる。すべては漢民族の中国に統合されるべきであるという論理がまかり通ることになる。チベットや新疆や台湾の独立は、この大一統の価値観からみて、当然ながら許されざる背信行為だ。こうして国際的な趨勢であるエスニシティを認めない欠陥がさらけ出される。

 (「中国病に気づかない中国」 『本』、講談社、1999年6月号所収)

 横山氏によれば中国が清朝時代の版図にこだわり、あるいは侵した周辺諸国に独立を許さないのは、自らの崩壊に恐怖しているから(その裏返し)であるからだとされます。こういう集団心理については今のところつける薬はないということなのでしょう。
 チベットで暴発した人たちの犠牲ができるだけ少なくなるよう願っています。
 北京オリンピックのスローガン「One World.One Dream」が「One World (under Great China).One Nightmere」になりませんように…