寛容について

 hokusyuさん@過ぎ去ろうとしない過去、の「寛容は不寛容を寛容しない」はいいエントリだと思って読ませていただきましたが、「寛容」ということについて若干どうかなという気もいたしました。

 2005年に発生したムハンマド風刺漫画掲載問題は、寛容の理念の暴力性を露にした。デンマークのユランズ・ポステン紙にのったムハンマド風刺画へのイスラム諸国の非難に対して、ヨーロッパ諸国の雑誌や新聞は「表現の自由」を守るためと称し、その風刺画を転載したのである。これは事態の収拾という点においてはまったく意味の無い挑発であった。しかし、他方でこの事実は必然であったともいえる。つまり寛容の理念は、不寛容を「敵」として退け敵対的な態度を取ることによってしか確保しえないということを示しているのである。


 文化や政治における敵対関係を、理性的な討議の場に解消することが寛容の理念の根幹であったはずなのだが、しかしムハンマド風刺画事件においては寛容の理念を守るために、討議を遮断する装置として「表現の自由」が主張された。つまりそれを認めるかどうかで敵か味方かが決まり、認めない立場の主張はノイズとしてしか見なされないのである。これは理屈の矛盾であるばかりか、寛容の理念の正当性すら危険にさらすのではないか。

 専らどうかなという思いは、「寛容の理念の根幹」を「文化や政治における敵対関係を、理性的な討議の場に解消すること」とおくことの是非についてです*1


 寛容(toleration, tolerance)はラテン語のtolerantiaに語源を持ち、もともと身体的な「忍耐」を意味するものでした。そしてこの語が現在の意味で登場したのは、ルネサンス宗教改革期にキリスト教世界が「自分たちの信仰・信念と異なる者の存在を認め、彼らの言動を我慢し、直ちに世俗的な権力で弾圧しない態度」を(反省的に)とろうと考えるようになったことを契機とします*2


 つまりそれは優位な側、多数派の側の「我慢」というのが本義で、もともとは対等な関係における調停的な行為というニュアンスは含まないものであったということです。
 ですから、ムハンマド風刺漫画掲載問題において欧州の雑誌や新聞が「表現の自由」を守るためと称してその風刺画を転載したのは、「我慢しなかった」という一点において「寛容」の名にふさわしいものではなかったのだと考えられます。


 ル=ゴフの立場は、おそらくトルコに対して彼らを「対等なライバル」と考え、そこに「寛容」を以って我慢すべき筋合いはないと解したものであるように思われます。少なくともそこに相対主義に対する危惧があったとはちょっと考え難いのです。
 それは寛容を是とすることができる立場とできない立場の拮抗する場面で、そこに相手に対して「寛容」であるべきという感覚をもってくるのはその本義からして無い様に見えるのですね。


 日本的な「寛容」の考え方は渡辺一夫氏に一つの完成形が見られるように思います。

 寛容は寛容によってのみ護られるべきであり、決して不寛容によって護られるべきではない。
…寛容な人々の増加は不寛容の暴力の発作を薄め且つやわらげるに違いない。不寛容によって寛容を護ろうとする態度は、むしろ相手の不寛容を更にけわしくするだけである。


…ボクは、人間の想像力と利害打算とを信ずる。人間が想像力を増し、更に高度な利害打算に長ずるようになれば、否応なしに、寛容の方を選ぶようになるだろう。
 (渡辺一夫『寛容について』筑摩書房、1972)

 ただ、これがどこまで欧米のtoleranceと通じているものなのか、現時点で私にはそこらへんが難しい問題だと言えるのみなのですが。

*1:(エントリ全般についてはむしろ興味深く読ませていただきましたし、そこを批判するものではありません。ただこの一点が気になると、全体の論旨に波及するとは考えていますが。

*2:cf.『倫理思想辞典』山川出版社