解題2

 「1000冊目のSF」解題の二番目です。

諷刺・ユーモア作品

 現実社会の片寄りや常識と思っているところのうさんくささをユーモラスにえぐって見せる。そういうところでSFは最も実力を発揮するのかもしれません。たとえばスウィフトの『ガリバー旅行記』(1726)、あるいはもっと遡ってトマス・モアの『ユートピア』もSFの古典と考えてよいような内容ですし、そのスタイルを利用した現実の諷刺は痛烈に、かつわかり易く実社会を批判するものでした。そしてその現実を当てこすった部分が古びてわからなくなってなお、ガリバー旅行記のSF的発想の部分は文学として私たちを惹きつけるのです。


 ロバート・シェクリイ『人間の手がまだ触れない』原題:Untouched by Human Hands、1954。邦訳、稲葉由紀他、ハヤカワ文庫 SF シ 2-4 シェクリイの処女短編集です。彼は『残酷な方程式』のほうで有名かもしれません。一言でいえばアメリカの星新一でしょう。「斬新なアイディア・完璧なプロット・意外な結末」を兼ね備えるショートショートの名手と言われる方です。本作では異星人の目から見た地球人の奇妙さといったものがひねった諷刺になっているかも。まあ単にとても楽しめる、というのでも全く問題ないのですが…
 フレドリック・ブラウン火星人ゴーホーム』原題:Martians, Go Home、1955。邦訳、稲葉明雄、ハヤカワ文庫 SF 213 1964年3月26日午後8時14分(PST)から物語は始まります。いきなり地球に現れた大量の火星人たち。ただし彼らは実体のない存在で物理的には排除できません。それなのにへらず口を叩いたり悪口をわめいたり、あるいは軍事機密を次々と暴露したり…。地球は大混乱です。奇妙に非暴力的なこの侵略によって、人類の精神は散々に痛めつけられます。この火星人を追い出す最後の方法とは何か、それはとてもナンセンスなものでした。洒落で日付まで指定した近未来作品でしたので、1964年の日本でもSF作家やファンたちが「火星人歓迎委員会」を作ろうとしたのは有名な話です。
 カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』原題:Cat's Cradle、1963。邦訳、伊藤典夫、ハヤカワ文庫 SF 353 「現代という不毛の砂漠で途方にくれている誠実な心が紡いだ不毛の夢、声のない歌」(石川喬司の評)。読者は奇妙な宗教「ポコノン教」とこの本で出会います。「嘘の上にも有益な宗教を築くことはできる。それがわからない人にはこの本はわからない。 わからなければそれでいい」 彼をSF作家の枠に入れるのはよくないのかもしれません。それこそスウィフトあたりの正統な後継者の諷刺文学作家としたほうがよいのかも。この作で彼はヴォネガット・カルトと呼ばれる熱狂的なファンを獲得し始めたのでした。
 イタロ・カルヴィーノレ・コスミコミケ』原題:Cosmicomiche、1965。邦訳、米川良夫、ハヤカワepi文庫 イタリアの反リアリズム派の中心となる作家です。これまたSFかどうかというところですが、私が最初に読んだのはハヤカワ文庫SF639だったので。宇宙誕生の瞬間、魚類が陸上にあがる時、月が誕生する時、などなどの宇宙や地球のエポックメイキングな現場には全部そこにいて、その思い出を語ってくれるQfwfqおじさんの物語です。(宇宙の全物質が一点に重なって存在していたある時、人気者のある女性が「もし少しの空間があればスパゲティを作りますわよ」と言い出した。皆の頭に空間という概念が生まれたその時、ビッグバンが始まった。しかし彼女はその爆発で失われ、我々は彼女を偲んで泣くばかりなのだ…)
 ハリイ・ハリスン『宇宙兵ブルース』原題:Bill, the Galactic Hero、1965。邦訳、浅倉久志、ハヤカワ文庫 SF246 (絶版) ハインラインの『宇宙の戦士』のパロディで反戦小説の傑作。私は『宇宙の戦士』も好きなのですが(笑)本作は無理やり徴募された男の宇宙歩兵隊でのドタバタ大活劇といった形で、戦争に巻き込まれることの不条理さを描いています。ちなみに主人公ビルが爬虫人チンガーとの戦争の前線に送り込まれた時、彼はヒューズ交換六等下士補としてヒューズの交換にあたる任務を与えられていたのでした。
 ポール・アンダースン『地球人のお荷物』原題:Earthman's Burden、1957。邦訳、稲葉明雄、ハヤカワ文庫 SF 68(絶版) ぬいぐるみの熊のような身長1メートルほどのホーカという異星人種に接触したが運の尽き。まるで子供のような想像力(と現実と虚構が区別できないやっかいな心)と大人の力を併せ持つホーカたちに引っ掻き回される大騒動の連作短編です。小憎たらしい可愛らしさを満喫できます。
 ハーラン・エリスン世界の中心で愛を叫んだけもの』原題:The Beast that Shouted Love at the Heart of the World、1969。邦訳、浅倉久志伊藤典夫、ハヤカワ文庫 SF エ 4-1 暴力などをテーマにしていろいろなタイプの物語が入った短編集です。エリスンは文体を豊富に持つ人で、バリエーションが広いですね。表題作(名)は某アニメやらケータイ小説やらでオマージュされて有名になりましたが、私が最も好きなのは「少年と犬」です。(愛って何か知ってる? ああ知ってるとも。少年は犬を愛するものさ。)
 カレル・チャペク『山椒魚戦争』原題:Válka s Mloky、1936。邦訳、栗栖継岩波文庫松谷健二、創元SF文庫(絶版) ナチス山椒魚に見立てた痛烈な諷刺小説です。作者は「ロボット」の名前を生み出した人として有名(『R・U・R』1920)。実はジュブナイル訳でしか読んでいないのですが。(水中工事の理想的な労働者として世界に輸出された大山椒魚の群れは、その優れた知能を駆使し、やがて第二の人類としての勢力を強めていった。海底の彼らは着々と恐ろしい計画を練っていた。膨大に増えた種族のため、陸地を海に変えて生活空間を獲得せねばならない。遂にある日、人類に山椒魚からの最後通牒がつきつけられた。…Amazonでの紹介文より)