件の件

 「あの本に書かれていた○○のくだりだけど…」というように用いられるくだりの語は漢字で書くと「」になります。(文章の記述の一部分という意味)
 これを「下り」と書いてしまっている人は意外に多いですね。
 もちろん「○○の件」と書いてしまえばほとんど「けん」*1としか読まれないだろうことは想像できますので、自分では「くだり」という表現を書きたいときは専らひらがなを使っています。


 この語「くだり」が音便化したものが「くだん」で、「依って件の如し」など文章語で使われるものでした。前に書いた文面を指す言葉として用いられ、「例の」という意味でも使われるようになります。


 もともとの漢字は形声文字として考えられていて、人と音符牛(牽の省略形)とから成ります。「牽」はよりわけるという意味を持ち、「件」も物事を分けていうという意味を持っていたそうです。漢文の動詞的用法では「わける」「区別する」ということになります。
 ただこの字面、人と牛とがくっついている…ということから「くだん」という妖怪が本朝では考えられていまして、私は小松左京の『くだんのはは』で知りましたが、そんなに古くない昔に「未来を予知する牛の形をした人」として西日本中心に噂が広まっていたとのこと。

 件(くだん)の話は子供の折に聞いた事はあるけれども、自分がその件にならうとは思ひもよらなかつた。からだが牛で顔丈人間の浅間しい化物に生まれて、こんな所にぼんやり立つてゐる。

 件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言するものだと云ふ話を聞いてゐる
 (内田百間*2「件」1921)

【参考】
 ⇒件(くだん)
 ⇒「件」(Wikipedia日本語版)

*1:「件(けん)」ひとくだりのこと。ことがら。

*2:元字は門構えに月。漱石門下の小説家、随筆家。百鬼園先生