北京・米国人襲撃事件

男は陳情の常連か 北京の米国人襲撃事件

 北京市東城区で9日、米国人旅行客らが中国人の男に襲われた事件で、香港の人権団体、中国人権民主化運動ニュースセンターは同日、男は地元の浙江省杭州市から北京にしばしば陳情に訪れていたと伝えた。陳情の中身は不明。


 同センターによると、男は無職。事件を受けて杭州市の公安当局が男の家族から陳情の中身が何だったかについて事情聴取を進めているという。(共同)
(2008.8.9 MSN産経ニュース

 まだ未確定の情報ですが、北京の観光名所「鼓楼」で昨日起きた殺傷事件の犯人が「陳情の常連」だったようだという記事がありました。

 「陳情」というのは中国語でいう「上訪」のことですね。陳情者は「上訪人士」、その多くは農民です。地元の揉め事や何らかの窮状(地元党幹部の汚職など)を改善してもらいたくて、でも地元ではラチが開かないので、はるばる北京までやってきます。

 もちろん「上訪」は合法的な陳情活動で、北京の中央政府をはじめ省政府、県政府といった各地方にも担当窓口があります。人数は北京(上京陳情者)だけで年間延べ20万人にものぼるといわれています(記憶モード)。
(御家人さん@日々是チナヲチ

 言ってみれば「直訴」であるこの上訪、地方政府の汚職や不正を中央の力を借りてなんとかしたいという虐げられた地方の人の最後の手段みたいなものです。ですがこれも(大抵は)なかなか埒があかず、なけなしのお金をはたいて北京に来た上訪人士たちは時に何ヶ月もバラック住まいや野宿でしのいでかすかな希望にかけるという状態であったと漏れ聞いております。
 ただ彼らが作るその「陳情村」みたいなものは往々にして治安上の問題とみなされ、中国公安当局が拘束して地方に送り返すなどの措置を採っていたというのもたびたび耳にしました。さらに今回のオリンピックに際しては全面的に上訪人士をシャットアウトという記事も。

 オリンピック前の事前掃討作戦の一環で、中国の政治活動家たちは当局に締め付けられたり嫌がらせをされたり、あるいは逮捕されたりしている。政府非公認のキリスト教地下教会の指導者たちは北京市外に追い出され、地方から中央政府へ陳情に向かう一般市民の北京入りは禁じられた北京市内の警備体制はすでに強化されているが、こうした取り締まり強化はむしろ暴力沙汰の呼び水になるのではと懸念する声も出ている。
中国政府、五輪テロの脅威を誇張かフィナンシャル・タイムズ 7月31日 下線は引用者)


 もし犯人が本当にこういった報われない陳情者の一人であったとしたら、今回の事件はまさにやけになった末の「テロ」ということもあり得ます。
 上の御家人さんの記事では、中共政権を見限って北京市内の国連機関の施設や米国大使館、フランス大使館へ「陳情」のため押しかけた人々のニュースが紹介されていましたが、今度はさらに「振り向いてくれなきゃ殺してやる」という感じでエスカレートしたのかもしれないのです。
 それは地方政府に絶望し、頼みの綱の中央政府にも絶望した挙句の、偉そうにして何もしてくれない連中の威信を失墜させる(面子をつぶす)ための「腹いせ」だけが目的のテロ行為といったあたりです。


 これは怖いです。一般人が捨て鉢になってやるテロなど防ぎようがほとんどありません。
 せめてこれが流行りにならないよう願うとか、いえ、やはり本当に人民の方を向いた政治に改めるしか中国政府にはやりようがないでしょう。(短期的には口約束でもいいから改善を約束してみせるとか)
 何にせよ波乱の幕開けといった感じがしています。

中国政府は今月の北京五輪期間中にデモや集会が許される場所として、北京市内の3つの公園を指定。ことほどさように北京市民は政治的自由を享受しているのだと、中国政府は誇らしげに喧伝した。


しかし前門地区の元住民たちが、自分たちの住居取り壊しに抗議するため、指定された3公園のいずれかで集会を開きたいと申請したとき、警察当局はきっぱりとこれをはねつけた。前門地区は天安門広場のすぐ南側にある旧市街で、かつては中庭のある伝統的な「四合院」様式建築が軒を連ねる地区だった。


チャン・ウェイさんは、高級な商業住宅施設の開発を理由に、この前門地区の自宅を2年前に取り壊された住民のひとりだ。チャンさんによると警察は、「治安維持のためには、私たちの抗議活動は絶対に認められないと言ってきた」という。


五輪会場から遠く離れた公園であっても、デモ開催の申請は即座に却下する。これこそ、反対意見は阻止するぞという中国共産党の決意のほどを歴然と示すものだ。


ここ数週間というもの、当局は反体制派や批判分子を続々と拘束あるいは収監。同時に、NGO人権派弁護士、社会活動家などの監視を強化している。
中国政府、五輪中の抗議行動にフタフィナンシャル・タイムズ 8月6日)


 地元の揉め事や窮状の例

 (1)地元当局が農民に無断で土地を収用・売却した。
 (2)地元当局が農民に説明した以上の面積の土地を収用・売却した。
 (3)地元当局から土地を購入したデベロッパーが開発を強行。
 (4)地元当局の関係者が売却益の一部を横領。
 (5)農民への補償金が十分でない。
 (6)地元当局が補償金の目安となる土地評価を表向きは不当に低くランク付けして農民への補償金を抑え、現実には内緒で実勢価格で転売し売却益の一部を横領。
 (7)補償金が農民の手に渡るまで地元当局のあちこちでつまみ食いされ、全額が農民に支払われていない。
 (8)土地収用に伴う移転先が耕地に適しておらず、転業を余儀なくされる(しかしわずかな補償金では転業資金にもならない)。
 (御家人さん@日々是チナヲチ http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/e55ab5a9254497fb772758a476bd9841 など)