宇宙貨物船アキバ

(※お盆休み特別企画。P.K.ディックと某氏に捧げる…)


「呼んだか?」
「あ、艦長、お待ちしておりました」
「こ、こちらをご覧下さい」
「どういうことだ?」
「ブンダー卿が『山手ライン』を突破しました」
「バ……カな……ありえない」
「説明しろ」
「つまりは、四谷司令官の作戦が全部読まれちゃってた――ってことですよ」
「……リア……ライザーだったのか?」
「だから、ぼくは初めから言ってたんです。卿は『ライザー』の可能性が高いって」
「それをあのクソ四谷、正論ばっかり吐きやがって。しかしこれでやつもマジ終了だな。懲罰委員会は免れまい。いひひひひ」
「くだらないことを言うな!」
「地球が消滅すれば、委員会どころじゃないだろう」
「まぁ、消滅すればですけどね」
「けど、まだ消滅したわけじゃないっしょ? 艦長、いくらなんでも消滅した時のことを話すのは、ちょっと早過ぎっすよ」



 藤堂の右腕の筋肉が一瞬緊張したが、どうやら攻撃的な手段は回避されたものと判断された。緊急介入用のイジェクターは待機モードに変更され、当面の間現在のシナリオが続けられることに決定した。


「おい――」
「おまえ、なんか策があんのか?」
「あれ? 分かりました」



「――緊急事態が発生した」
 藤堂がシナリオの最終段階に到達したことが確認され、自動応答が開始された。



「山田が提案した案なんだけど、一つだけ……一つだけ人類を――地球を救う方法があるんだ」
「ナニ? ソノ方法ッテ? 教エテ」
「うん――。このアキバ艦で、ブンダー卿の船に突っ込むのさ」
「体当タリスル……ッテコト?」
「そうだ。 この船で、ブンダー艦に体当たりする。つまりは、『特攻』ってわけさ。玉砕戦法だ」



 彼女はこの船のメインコンピュータだった。三百人の乗組員と彼女を載せたこの貨物船は、火星に向けて日本から打ち上げられたものだった。いや、現在は二人の乗組員と彼女しか実際には乗っていない。6時間前に発生したリアクターの暴走で、居住区画の大部分とメインデッキ、それに積荷の一部が失われてしまったからである。
 生存者は二名。たまたまメンタルヘルスルームで分析を受けていた藤堂と山田のみが難を免れた。
 難を免れたとは言ってもそれは一時的なものでしかなかった。彼ら二人の生命を何日も維持するだけのリソースはこの船(もはや廃船に近いのだが)に残ってはいない。
 何より彼女が動作できるのも非常用のサブ電池が稼動する6時間と数分に限られていた。彼女がいたおかげで船の残されたリソースのほとんどがメンタルヘルスルームに回され、深層睡眠状態にあった二人はまだ何とか生き続けられているのである。すでに彼らを覚醒させて脱出させる方法も無い。
 彼女が選択したのは、彼らを半覚醒モードに移行させ、マインド・シミュレーターによって彼らの最後の時間を有意義なものと彼らに思わせてあげることだった。本当は「幸せな一生を過ごして家族に看取られながら老衰で逝く」ようなシナリオがあればベストであったが、残念ながらその類のシナリオはプロットされていない。数本しかないシナリオの中で、自己犠牲によって英雄的な死を迎える『宇宙戦艦アキバ』シナリオがとりあえず選ぶべきものと判断された。このシナリオであれば、おそらく最終段階では相当なエンドルフィンが分泌されるものと予想されたからである。


「エリカ、もう行くよ…」
「トウドウ、アイシテイタワ、ダレヨリモ…」
「君はポッドで脱出してくれ。…さよなら」
「ワスレナイワ、アタシモ、チキュウノミンナモ…アナタノコトヲ…」



「エリカ、ぼくたちは永遠に一緒だね…」
「ヤマダ、ウレシイ!」
「さあ、いこう!」
「スキヨ…」



 おそらくその時、藤堂と山田の脳内にはドーパミンやエンドルフィンが溢れかえっていたことだろう。しかしその瞬間、それをモニターすべき彼女の電源は切れ、同時に二人の生命維持装置も機能を終えていた。


 かつて"エリカ"と愛称をつけられていた一台のコンピュータと二人の人間、そして何万台もの積荷はこうして宇宙で最期を迎えた。

 彼は機械的に新聞に目をとおし、自転車を積んだ日本の貨物船が宇宙の果てで遭難したという記事を読みはじめた。三百人の乗務員が死亡したというのだが、彼には面白かった。あの軽い小さな日本製の自転車が宇宙塵となって永遠に太陽のまわりをまわるという考えが、いかにもおかしかった…
 (フィリップ・K・ディック『火星のタイムスリップ』ハヤカワ文庫SF、小尾芙佐訳、p.307)