ショーブは勝ち負けではありませんっ!
以前山下洋輔さんのエッセイを読み漁っていた頃があって、たしかこの
ショーブはかちまけではありませんっ!
という言葉は、坂田明さんが興奮した大人のモノマネつきで実演したと紹介されていたはずです(面白いエピソードとして)。
いや、勢いでしゃべるともっともらしく聞こえるかもしれませんが、勝負は勝ち負けですから…。
何となく自分には勝負事嫌いのどこかの先生がヒステリックに叫んだ言葉と思えていたのですが、思い返してみるとこの言葉、実は深いものかもしれないと今見えてきました。
これは「勝負なんだから全力を尽くして戦え、でも結果に拘るな!」といった二重の意味を持った言葉にも取れるんですね。もちろん表現としては明らかな矛盾です。だけどその矛盾したところに、ちょっとだけ「勝負」を楽しむための秘密が語られているのかも…と、何だか本当に思えてきました(笑)
ゲームでもスポーツでも勝負事は本気で勝とうとして競わなければ面白くないじゃないですか。だけどあまりに結果に拘るなら、本末転倒でその勝負の経過の面白さが壊れてしまうことになってしまいます。勝ち負けだけにこだわるところには「ズル」も出てきてしまいます。フェアに戦って、真剣に勝とうとして戦って、その競い合いを純粋に楽しめて、そして出た結果はしょうがない…とさっぱり割り切れるなら、それは一つの理想の姿だと思うのです。
勉強が、結果とか成果とかに縛られるとき、おそらくそれは「いやなこと」になってしまうのでしょう。何も多数の小中学生が「学問の面白さ」に気付くとは思えませんが、工夫によってはそれを面白いものと受け取ってもらえることもできるはず。たとえばそれが競い合いでも教え合いでもいいんですね。また他にも手はあるでしょうし。
勝負は勝ち負けではない
うーん。なにか私の中でこれがどんどん深い言葉になっていっているような気が…