オバマ候補に対してあった噂と偏見

 次の引用は林壮一『ドキュメント 底辺のアメリカ人 オバマは彼らの希望となるか』(光文社新書)からのものです。このインタビューが行われたのは昨年の6月のはじめ、まだ民主党の大統領候補としてオバマクリントンがつばぜり合いを繰り返していた頃のこと。

 オーランド近辺で白タクのハンドルを握る黒人、リック・ラムファルは、1985年にガイアナ共和国からアメリカに渡ってきた。現在58歳。25歳を頭に3人の娘と4人の孫に恵まれている。

「オレはインドの血を引いている。インドも昔は英国領だっただろう。ガイアナだけじゃなく、カリブ海にはインドの血が流れた人間が多く住んでいるんだぜ」
 11年前、ラムファルはアメリカの市民権を得た。彼もまたより良い暮らしを求めて、合衆国に移り住んだ。

 選挙権を持つラムファルに誰を支持するかと訊ねると、彼は苦笑いで誤魔化しながら応じた。
「オレのルーツはインドにあると言ったろう。だから、生まれてこの方ヒンドゥー教徒なんだ。オバマのミドルネームを知ってるかい?"フセイン"なんだぜ。バラクフセインオバマ。つまりイスラム教徒さ。お祖父さんがそうだったって噂だけれど、ヒンドゥー教徒イスラム教徒をリーダーに選ぶって、なかなか難しいんだよ。宗教上の価値観っていうのは、相容れないケースが多いからね」
ヒンドゥー教、つまりカースト制度ですか。憲法で全面廃止になっても、依然としてシビアだそうですね。そういう価値観なら、他の宗教を受け入れるのは無理なのかもしれないな」
 私が語ると、ラムファルは答えた。
「いや。ヒンドゥー教徒がクリスチャンに変わることはあるんだ。倫理的にも認められている。けれど、ヒンドゥー教徒イスラム教に鞍替えすることは決してできない。だから、我々のような立場の人間が、オバマを選ぶかと言えば…分かるだろう?」
 オバマ候補は何かと肌の色が話題になっているが、ミドルネームに関して、こうした宗教上の論議も沸き起こっているのか。特定の宗教を持たない私には盲点であった。
「誰がどの神を信じたって本人の自由だけれど、国の代表者となると、様々な角度から見詰められるよな。肌の色よりも大きな問題さ
「インドは人口の8割以上がヒンドゥー教徒でしたっけ?」
「80パーセントを少し超えていると思うよ」
イスラム教徒は?」
「11から12パーセントってところだろうね」
「信仰を巡って、人間関係に軋轢が生じたりするのですか?」
「人それぞれだろうな」
ガイアナに住むインド人も、ヒンドゥー教徒は本国と同じ位の割合ですか?」
「じゃないかと思うね」
アメリカに住むヒンドゥー教徒の数は?」
「確か、100万人ちょっとだったと思うから、微々たるもんさ」
 ラムファルの言葉は、オバマヒンドゥー教徒からの票を得るのは実質的に不可能であることを仄めかしているかのようだった。
(以下略 強調は引用者)

 オバマ大統領が就任演説でヒンドゥーコミュニティーに対して気を配ったのは、インド対策という側面の他にこういう噂や偏見があったということも原因の一つだったんじゃないかと思いました。


 もちろんインド本国においても数々のテロ事件などありますし、ヒンドゥー教徒ムスリムのこじれた関係というものはあるでしょう。でも友人のインド人女性(ヒンドゥー)が、彼女の叔父のムスリム(周囲から"ビスミッラー"というあだ名をつけられていた)のことを話していたという記憶がありますので、もしかしたら本国を離れた植民地などでは両者の確執と偏見はより強化されていたということなのかもしれません(>ヒンドゥー教徒イスラム教に鞍替えすることは決してできない)。