DEXTER

 まじめにはまってます、『デクスター』。シリアル・キラー(連続殺人鬼)が主人公のドラマなんてと見る前は際物みたいに思わないでもなかったのですが、見てみると個人的に凄くひきこまれました。第一シーズンの再放送が佳境に入っています。

 2006年の放送開始以来、斬新でユニークな切り口ゆえに注目を集めている大人気サスペンス・ドラマ。マイアミを舞台に、昼間は凶悪事件の捜査官、夜は殺人鬼となる主人公デクスターの二重生活をコミカルに描く。原作は、ベストセラー小説「デクスター 幼き者への挽歌」。元来の刑事モノとは対称的に、ストーリーが殺人者の視点から語られていく。デクスターが殺しの標的として選ぶのは、法の裁きを逃れる凶悪犯のみ。弱者にとっては限りなく優しく、無害な男なのだ。究極の正義とも取れるこの行為は観る者の道徳観念を激しく揺さぶる!!
デクスター 〜警察官は殺人鬼 FOXcrime)

 ちょうどロボット主人公の漫画が強く「人間とは何か」を考えさせることもあるように、連続殺人犯が主役のドラマが「殺人とは。正義とは。」を問いかけてくるのです。しかも上の紹介で「コミカルに」と言っているのは嘘じゃなくて、実際ばらばらの切断死体やら血の海やら犯行現場などが出てくるのですが、表現の基調はどこかコミカルで、グロ過ぎず、容易にデクスター・モーガンに感情移入できるようにも作られています。


 普通でしたら「人を殺さずにはいられない衝動を持った人間」にそうそう感情移入できるとも思えません。でも彼、デクスターは、どこか不器用で寂しい可哀想な人間として描かれ、さらにここもポイントだと考えるのですが、彼がターゲットとするのは法の網をかいくぐって何人も人を殺す「モンスター」だけなんです。むしろ視聴者には彼が私的に正義の裁きをしているように見えます(錯覚?)。決して無垢な(無実の)人間は殺さず、これと決めたターゲットについても必ず確証を得てから犯行に及ぶというところが、勧善懲悪の私的制裁ものが多い「時代劇」に慣れた人なんかにはとても受け入れやすい形のはず。多少グロですが。

 「デクスター(DEXTER)」は、フロリダ出身の作家ジェフ・リンジーの小説「デクスター 幼き者への挽歌 (原題:Darkly Dreaming Dexter)」が原作。4歳で孤児となり、警察官の家に養子となったデクスター。そこで彼は、今の自分を形成する運命的な出会いを果たす。育ての父親ハリーは、動物を殺す幼い息子の内なる殺害願望を認め、その矛先を法では裁けない凶悪犯たちに向けさせることで、彼が悪の道に進まないよう導いたのだ。成長し、警官となったデクスター。殺人鬼を殺し、記念に血のサンプルを集めるといったサイコぶりは健在だが、昼間の彼は職場での人望も厚く、子供にも好かれる立派な紳士。愛すべき人間だ。これは、社会に適合するため、実際には感じない心の痛みなどの感情を表現し、思いやりに富んだ社会的責任のある人間と思われるよう振る舞ってきた努力の賜物。

 ドラマは基本的にデクスターの一人称(視点)で進み、時折挟まれる回想シーンにはこの養父ハリーとの絡みが。(一種の成長物語で、どうやって電気椅子を避けつつ衝動を満たすようにするか―無垢な人を殺さずにモンスターだけ殺すような約束がどう結ばれたかなど―がだんだん明かされます)
 自分では喜怒哀楽の感情に欠けると思っているデクスターが、自分を偽装して(装って)人付き合いを不器用にこなすところなどにも結構惹かれます。特にガールフレンドのリタ(彼女の夫はDVで収監。二人の子連れのママですが、最初は可憐で心に傷を負った女性として登場)との絡みが、まるで恋愛に不慣れな高校生どうしのお付き合いみたいでものすごくキュートでした。うまく仮面を被っている…と同時にすごく不器用なんですね。そこらへんがデクスターに好感を持たせてしまうマジックの一つなのでしょうか。

 「旦那がヤク中毒のDVで、ボーイフレンドがシリアル・キラー? 可哀想に…」
 (自分が早晩捕まってしまうことを思って、リタに向かって心でつぶやくデクスターの言葉)

 また彼は非常に有能な鑑識(血液分析官)で、ドラマは部分的に本格科学捜査ものみたいなスタイルもとっています。それがまた面白いですし、頭が良いところがいやみでなく、これもまた彼を嫌いになれない人を増やすポイント。さらに彼のモノローグには嘘がありません(というかあり得ない)。(視聴者に対しては)嘘がないので、素直に彼の言葉が入ってくるような感じもします。
 そしてシーズン1の最後のあたりで、彼がなぜシリアル・キラーになったのか、それは3歳のころに目の前で母親が惨殺されたトラウマによるもので…という種明かしが始まり、なおさら「人殺しだからデクスターは悪」という判断を下せなくなってくるんです。
 途中のエピソードで、デクスターがリタと夕食を取っているところで「君には何か夢がある?」と訊ね、「あなたは?」と聞かれて「おかしく思われるだろうけど…」と彼がおもむろに話し始めたのは、

D: I wanna, someday, be content...just feel comfortable...like everyone else. I ummm...
L: ...a normal life.
D: Yeah...normal life.
L: That's all I want. Just that.

L: ...boring.
D: ...average.
L: ...ordinary.

 「妙だね」「…そうね(くすっ)」という感じの二人の静かな会話に、とても切なくなりました。
 「普通の、退屈な、平均的な、当たり前の生活がしたい」
 何だか泣けてきます。デクスターは自分の正体を明かさずに話しているのですが、本当に「妙な衝動」抜きの静かな生活が彼に訪れるように願ってしまったぐらいです。
 なぜここでデクスターがリタに夢の話を聞いたかと言えば、それは彼が夫婦の悪党を切り刻んで殺す前に「夫婦がうまくやる秘訣は何?」と訊ね、「同じ価値観、同じ夢」と聞いたからだったりするのですが…