生徒をお客様と

 教員に「生徒をお客様だと思え」と心構えを言うのは、教員が勘違い(心得違い)をしていて「先生―生徒」の関係を一方的な「支配―被支配」のような関係と認識しているような場合には、一種のカウンターとして有効だとは思います。何事か「命じる」ことが多い教員という立場は、往々にしてそういう勘違いを生む可能性を持っているものでしょう。
 また教員は生徒に良かれと思って行動するものなのでしょうが、この「お客様と思う」視点は独り善がりの「良かれ」だけでは駄目だと、生徒の側が実際に今何を欲しているのかも合わせて考えるべきだということを気付かせるきっかけにもなると思います。
 ただ生徒・学生がお客だとは言ってもそれはconsumerというよりclientであって、お客様は神様だから何でも要求できる…的な誤った認識を持たれては何にもならないとも思います。教員は教育の場に専門知識を持った者として存在するのですから、クライアントとしての生徒・学生は専門家の専門性に敬意を以って接するという態度が必要だと考えます。小馬鹿にしている相手からは何も学べないものです。


 知り合いのある女性、彼女はもともと台湾人で日本に来て学位を取り、日本人の旦那を貰って自分は大学で教えていたのですが、もう何というか学問に対するハングリー精神は徹底したものでした。やるときは寝る間も惜しんでやるもの、というパワフルな信念に周囲で感化された日本人も少なからずいました。
 たまたま彼女が学生を指導する同じ部屋に居合わせたことがあります。パーティションの陰でその指導(卒業研究の追い込みとかだったはず)を聞いていると、こちらが怒られているような錯覚さえ受けるほどでした。やや直情径行にすぎる彼女でしたが、その時は不真面目な(というかやるべきことをほとんど間際までやっていなかった)学生の態度を叱り、やる気が本当にあるのかを問い、何をやらなければならなかったか考えさせ、云々と実に熱い(私が大学の教員に抱いていたイメージを塗り替えるような)そんな指導を延々とやってました。学生は泣いてましたね。
 まあ下手をすればアカハラパワハラと言われてしまう類のことなのですが、後で聞いたらべそをかいていた学生と彼女は徹夜で研究計画を練り直し*1、その後みっちり付き合って何とか期限までに卒研を仕上げたとのこと。
 あれだけ叱ってよく関係が壊れないものだと感じましたが、多分ドラマの熱血教師の如く彼女の真摯さが正直に学生に伝わって、さらにその学生の方もそれを受け取るタイプの人であったという幸運にも恵まれたのだと思います。
 彼女いわく「泣かせるまで厳しく指導するのが必要だと思ったら躊躇はしない。それが学生の為だから」。
 これもまた一つありなんじゃないかなと私は思いました。当時自分は予備校でバイトしていまして、それこそ学生さんはお客様で、何とか彼らにわかりやすいようにしようとそちらに心を砕いていましたが、誰にもできるというものじゃないけれども、厳しさを以ってあたることも学生の為という先生像が本当にあるんだなあと感心したのです。
 彼女は何年か前に大学を離れ、ビジネスの世界に飛び込んで活躍(というより格闘)していると聞いています。でも彼女に指導してもらった学生はその後ドクターまで行ったそうですし、後々まで彼女との交流は深いものだったとも*2


 学生を馬鹿にせず、かつ厳しくあたれるというのは教員の方にきちんと自信がなければ無理じゃないかと思います。結局、どれだけ生徒・学生の為を思えるか、そして専門性を以って彼らに応えることができるかなのでしょう。別にお客と思う思わないはどちらでもよさそうです、本筋を目指すような先生であれば。

*1:もちろん私は早々に辞して最後まで見てはいなかったですが

*2:ちなみにその学生も女性でした