共感か死か

 わりに最近どっかで読んだ一節が頭に浮かんで、どれだったかと思って探していましたが、ようやく見つけました。

 フランス革命の場合、革命の指導者であるロベスピエール(一七五八―九四)などが、貧困に苦しむ人々に「共感」し、彼らを貧困から「解放」することを自分たちの"政治"の目標にした。苦しんでいる人たちに「共感」し、彼らのために偽善に満ちた圧制者を倒す闘いに立ち上がることこそが、人間らしさの証明だと考えた。
 しかし、そうした[共感→解放]の"政治"にのめり込みすぎたため、弱者の「解放」という名目の下に、人々の剥き出しの暴力衝動をも「解放」することになった。"弱者に共感しない人間らしからぬ輩"が大量に虐殺されることになった。それが「恐怖政治」である。

 仲正昌樹アメリ現代思想 リベラリズムの冒険』(NHKブックス)の一節です。ハンナ・アーレントの自由論を彼女の『革命について』(1963)あたりでの思索に基づいて解説した部分になります(p.57)。私はこの著作は読んでいませんので、あくまでワンクッション置いた記述ではありますが…。


 共感しないという理由で批難されたり、制約を受けたり、殺されたりしたくないものです。