ハレディーム(ユダヤ教超正統派)の問題

 この夏、ユダヤ教超正統派(ultra-Orthodox Judaism)と呼ばれるハレディームの人たちのことをたびたびメディアで目にします*1。話題になったばかりのコシェル携帯の他に、彼ら独自のネット検索エンジンKoogleのこととか、同性愛者に対するヘイト犯罪の背景と目されるとか(【海外事件簿】同性愛者に銃乱射、動機は「憎悪」? イスラエルが抱える深刻な対立 msn産経ニュース)。もちろんこの最後の記事は偏見による憶測かもしれません。
 また、イスラエル安息日に市営の駐車場を開くということに対して強行にハレディームたちが抗議活動(デモや座り込み、直接的な妨害)を行っているというのもニュースで見かけました(超正統派ユダヤ教徒、駐車場への抗議6週目 AFPBBニュース)。これはNHKニュースでも流されていました。そこでの周囲のイスラエルの人たちの彼らに向けられる目は、案外冷ややかなものでしたね。


 彼らの主張や宗教的制約、またシオニストとの対立葛藤などの歴史については、英語版WikipediaHaredi Judaismが詳しいと思います。
 ただこのWikipediaの項目にもはっきり書かれていないのですが、彼らが他のイスラエルの人たちにどう見られているかということに関して、彼らの多くがほとんど生活保護だけで暮らしているという側面を見逃すわけにはいかないと考えます。
 ハレディームの人たちは神を畏れ律法に忠実に従って生きるために働かずに国から援助を受け、兵役を免除され、子弟教育の自治が基本的に認められた形で生活しているのです。3万超と言われる彼らの男性の7割以上、女性の半数以上がです。さすがにこれに対しては風当たりも強くなろうというもの。
 国の援助の形態は大きく二つの側面です。まずハレディームの男子の多くは戒律を学習・研究し続けるという名目で(イシェバという学校にずっと居続けることで)奨学金をもらい続けることができます。そしてもう一つは(彼らは多産なのですが)、子供が多ければ多いほど児童年金が多くもらえ(第四子以降にかなり増えます)、ほとんどそれだけで生活できるといった具合であるとも聞きます*2


 その具体的な内容や、イスラエルの政治情勢の中でこれがどう焦点化しているかについては次のpdf記事がかなり参考になります。
 ⇒イスラエルにおけるユダヤ教超正統派の思想と行動(中東協力センターニュース2008・10/11 東洋英和 池田明史教授)
 少し抜粋して紹介しますと、

 18歳以下の子供が8人という家族は超正統派では珍しくないが,そのような家庭を例にとれば,ハルパート法施行以前は月額3,799シュケルだった児童年金額が施行後4,827シュケルに跳ね上がった。第一子・第二子に対して一律171シュケルであった給付額が,第五子以降のすべての子供に対して850シュケルが支給されることとなったからである。

(現時点のレート、1シュケル≒24.8円で換算すると4,827シュケルはおよそ119,709円です)
 この児童年金はかなり国庫を圧迫し、世俗派などとの綱引きで減額になったり増額になったりイスラエル政局の一つの重要な問題となっています。

 …ハルパート法施行下の2002年,超正統派にとっては必ずしも珍しくない子供10人の多産家庭は6,500シュケルの児童年金を受給していた。これは2007年換算で9,000シュケルに相当するが,同じ2007年の労働者の平均賃金は7,800シュケルであることを考えれば,これが異常な水準であることは明らかである。

(同じく現時点でのレートで、9,000シュケル≒223,200円)
 現在は児童年金が引き下げられる傾向にあり、ハレディームの人たちもそれに対応しなければならなくなってきているようです。それもあって、やや過激な社会的示威行為が行われているとも考えられます。

 いずれにせよ,本来は児童福祉の問題として議論されるべき児童年金が,主として救貧政策との関連で論争になるというところに,イスラエル社会の固有の状況が現れているとみるべきであろう。ある統計によれば,総人口の8%を占めるにすぎない超正統派が,社会の貧困層の18%を構成している。彼らの居住区では,場所によって子供5人以上の多産家族が42.5%を占める(世俗勢力の強い都市部では2%〜5%)のである。超正統派全体の一世帯あたりの子供の数は2001年の4.3人から2006年には4.1人にまでさがった。

 これに対して彼らの就労率は,男性が2001年の23.2%から2006年には27.7%まで,女性では42.1%から49.4%にまで上昇している。

 このように見てくると,ユダヤ歴新年の祭日に超正統派の人々が家族単位で所在無げに街を徘徊する背景がおぼろげながらわかるような気もする。彼らは貧乏なので家は狭く,しかし子供が多くて家にいると息がつまるのであろう。なので休日には一家揃って外に繰り出し,同様にあてもなく街を彷徨う他の家族と行きかっては挨拶をし,雑談をし,日がな一日を送るのである。…


 外国人でありかつ異教である私たちがこうした状況を知り、理解するのはなかなか難しいことです。少なくとも単に宗教問題ともいえない側面がこのハレディーム(超正統派)の人たちに関わってあるということは、頭に入れておくべきだろうと思えます。

*1:彼らにとってultra-Orthodoxという呼び名は嘲笑的・蔑称的なニュアンスを感じさせるとのことですので、なるべく避けます

*2:贅沢はなかなかできないでしょうが