サムトの婆が帰つて来さうな日

黄昏に女や子供の家の外に出てゐる者はよく神隠しにあふことは他の国々と同じ。松崎村の寒戸といふ所の民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎおきたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、ある日親類知音の人々その家に集まりてありし処へ、きはめて老いさらぼひてその女帰り来たれり。いかにして帰つて来たかと問へば、人々に逢ひたかりしゆゑ帰りしなり。さらばまた行かんとて、ふたたび跡を留めず行き失せたり。その日は風の烈しく吹く日なりき。されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、けふはサムトの婆が帰つて来さうな日なりといふ。
 (柳田國男遠野物語』より)


 ようやく台風が抜けてくれたみたいです。朝の4時過ぎに目を覚ましたのですがさほど強い雨風はなく、6時ごろにはほとんど雨は霧状のものだけで風だけが少し強く吹く状態に。そして8時になって気がつけば、風も治まりがちにそしてぬるく吹くだけになっていました。目を凝らせば雨滴が細かく舞っているのが見えますし、木々が時折怪しげに震えますが、すでに通り過ぎた台風の吹き返しが名残をとどめているだけでしょう。


 今度の台風は規模が大きかっただけに、被害もかなり抑えられたのが肩透かしに思えるくらいです。おそらく私のところを含めた多くのところで、台風の進路が初期の予想よりかなり東寄りに進んでくれたせいでこのぐらいで済んだのではないでしょうか。ある時間の台風の目の予想位置はほとんど私の住むところの上を通過しているように見えましたが、メディアで告げられる地名は東にほぼ隣接する新しい合併市のものでしたから、そのわずかなところで相当風雨が緩和されていたのかもしれません。


 風が治まる頃から犬の動きが少し活発になってきたようです。雨が止みもう少し日が差してきたら、今日はいつもの散歩コースを少し歩かせてみましょう。


 風が強い日には冒頭の昔語りの一節が頭をよぎります。何気ない書き方が、いっそう不思議な怖さを秘めているように思われます。