偽りの記憶

 Harvard University Pressから先月出版された、Susan A. Clancyによる"Abducted: How People Come To Believe They Were Kidnapped By Aliens"(拉致されて:如何に彼らは異星人に誘拐されたと思うようになったか)という書籍は、如何に偽りの記憶を人が獲得するかについての本です。 Susan Clancy氏はハーバード大の心理学のポスドクで、この本では宇宙人に拉致された記憶を持つ人およそ50人との面接をもとにどのようにその(偽りの)記憶がつくられたかについて考察されています。


 ちょっと前のライブドア・ニュースでもAPの記事として紹介されていました。
宇宙人による拉致体験、寝ぼけたときの“金縛り”が原因=米ハーバード大研究員(←こちら)


 ほぼAPで伝えたのと同様(+α)のブログ記事が"UFO Digest"というサイトで今日の記事(Researcher Takes Aim at Alien Abductions)としてとりあげられています。 


 はじめSusan Clancy氏は性的虐待(sexual abuse)事例における擬似記憶の問題に取り組んでいたそうです。カウンセラーやセラピストとのやり取りの中で、模造されたトラウマとして「ありもしなかった幼児期性的虐待」の記憶が刷り込まれ、その告発証言で親族や関係者が逮捕・起訴されてしまうというケースが多発していたからです。
 しかし彼女はこの研究をしていると「怒った部外者」から攻撃されることに気付きます。性的虐待の記憶に模造記憶などがあるとなると、被害者の不利益になると信じる人たちが理不尽にも彼女を責めたのです。

 She quickly found herself the target of angry "outsiders" who accused her of trying to discredit victims. One irate letter-writer called her a "friend of pedophiles everywhere."

 そこで彼女は研究対象を「宇宙人に拉致された人」に変えました。このケースにしても、擬似記憶の研究には支障がないだろうという判断でした。この成果を記したのが冒頭に紹介した著書であり、彼女は「科学的証拠がなにもないことを信じてしまうことはきわめて人間的で当たり前におきていること」とします。一般常識をもった普通の人々にも「擬似記憶」が生まれてしまうのであり、彼らは別に精神に異常をきたしているわけではないのです。「ファンタジー志向、記憶の歪み、文化的に入手可能な資料(の影響)、睡眠時の幻覚、そして科学的リテラシーの欠如などのブレンド」としてこのような「擬似記憶」がつくられると彼女は言います。
 しかし今度は彼女に、宇宙人は存在し、それに拉致された証言は確かなものだと信じる人たちが攻撃を始めたとのこと。Susan Clancy氏は「宇宙人の研究からも手を引く」と言明されています。記憶の不確かさを実証的に研究しようとすると、それによって自我の一部が脅かされるように思う人は必ず出てきてしまうのでしょうね…。


 そういえばと思い出したのが、ロフタス/ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって』です。まさに同書は、Susan Clancy氏が最初に目指した方向で先行して書かれた本です。
 そしてさらに記憶を手繰ると、私がこの本を知ったのはブログ化以前の内田樹氏の日記であったはずです。確かそこでは「擬似記憶」に絡んで、「戦争体験」として他の人の記憶や伝聞の記憶を自分のものとしてしまうことが語られていたと…。
 それは当時の私に、「戦争被害体験」の教育によって「被害者としての記憶・実感」をいつまでも再生産していこうとする中国や韓国の反日姿勢は怖いもの、と感じさせたはずです。不意にそんなことを思い出しましたが、この記憶、本物なのでしょうか(笑)