哲学分野の女性構成比が低いことについて(続き)

 大学設置基準の大綱化以降、多くの大学の教養課程は大なり小なり変容もしくは縮小の過程にあるものと思われます。それは決して望ましいものとは思われませんが、たとえば「教養の先生」が退職された後の枠を埋めなくなったとか、いくつかの教養科目を「非常勤職」で賄うことにしたとか、そういういじましい噂が聞こえてくるのは事実です(何といっても経費としては固定的な「人件費」が一番大きいものでしょうし…)。また私の知る規模の小さな大学での話ですが、今年度の教養課程の語学選択で「仏語を取る人が一人もいなかった」という事態になったとも伺っています。


 教養課程の科目になっていた学問分野自体が(まともな職業として)退潮傾向にあったり、その中でも流行り廃りがあったり、そういう寂しい状況は実際にあるでしょう。その分野へ進学するという希望を持った人たちにとっても、普通に職業としての魅力があるかどうかで進路を決定するという合理性は働きますし、それが人の集まる分野と集まらない分野を決める一つの要因となることは想像されます。


 また、それぞれの学問分野の面白さ(というよりアピール度かも。どれだけ興味深く思えるか)というのも重要なポイントでしょう。これにも流行り廃りはありますね。ある時期は「独文」なら食いっぱぐれがないと言われたり、「心理学」に多くの女性が集まったり、「環境」(関連)に将来があるように思われたり…。


 もちろん何か内発的な、やむにやまれぬ動機で茨の道に進む人もいらっしゃるのですが、総体で見れば合理的な判断やキャッチーな誘引があったりして「進路」は決まっていくものだと思われます。その両面からしても、思想系というのは「魅力ある分野」と言えるでしょうか?


 そして敢えてそういう分野に志したいと思う人たちの中で、どこまでチャレンジャーとしてやっていけるかを考えた時に、女性には不利な要素が多々あるように思われるのです。これは文系・理系はあまり関係のない話だと思います。先の見通しがあまり立たないところで、他のバイトなどにも手を染めながらいつまで待てるのか…。
 そうしたチキン・レースは男性にも楽なものとは思われませんが、とりわけ女性にとっては「年齢」の点(博士課程を終えた時点ですでに27歳)・「生活」の点(最初は親の援助も得やすいけれど、結局は自活しなければいけない)・「就職の見通しの点」(現在の男女比がそうそうすぐに変わるものではない>ますます不確実)などで大変なのです。


 それが普通に「職種」として魅力ある分野で、男女に等しく開かれているのならば、志望者の求職圧力によって男女の構成比はだんだん変わっていくものだと思います。それはすでに小中学校の教諭の女性の割合といったあたりに出ているのではないでしょうか。未だに管理職に女性が少ないという印象ですが、これが10年後20年後に今のままであるとは考え難いです。(ある職業分野の男女比というものが、一朝一夕に変わるものだとは私には思われません。少なくとも一人の人が就職してから退職年限を迎えるのに40年ほどかかるのを鑑みても、普通に20年やそこらは変化し始めてからでもかかるでしょう)


 身も蓋もない言い方かもしれませんが、昔はともあれ、現在の「職業としての」哲学分野の女性構成比が低いことについては、私は選好・志向の問題である以前に職業的魅力の問題、そしてアピール度の問題などが影響しているように思えます。アピール度と言えば、kanjinaiさん御自身が倫理学に見切りをつけて新分野の開拓に乗り出そうとなさっているぐらいではないですか。古色蒼然たる思想系がどれだけアピールできているか、それはたとえばアップトゥーデイトな社会学系の分野に比べてはっきりしているように見えるのですが…。(それこそサルトルみたいにワイングラスを持ちながら「これで現象学が語れる!」とかやってみせる先生が多くなればいいのに…とは思います)


 G★RDIASの先の記事で御紹介の日哲のアンケート結果(リンク)ですが、こちらの「1.1 日本哲学会における女性会員の比率の低さは何を反映していると思いますか?」という質問への「その他」の回答がとても興味深かったです。
 なんとなくそうかもと私が思えたものは、大体次のものでした

・そもそも哲学を学部時代や大学院で専攻する女性がきわめて少ない。  女


・よくわからない。ただ、事実として女性が少ないため、女性が哲学をこころざすことをためらうということはあるはずである。  男


・『白書』の示す全学会の「平均値」との比較にはあまり意味がないと思われます。この場合に比較材料として必要かつ有益なのはむしろ欧米やアジア近隣諸国の哲学系学会における男女比の情報ではないでしょうか。そうした情報が提示されることを強く望みます。また選択肢にあるような「偏見」や「学会体質」の存在がしばしば語られますが、それらは哲学の学会(学界)に特有のものなのか私には分かりません。哲学はもとよりどの分野においても、優れた女性研究者は、そうした「偏見」や「学会体質」について語ることを色褪せたものにしてしまうほどに第一線で活躍しているように見えます。  男


・女性自身の動機づけのなさ。  女


・他領域で活躍している女性研究者を誘える視点のアピール不足。  女


・女性が研究者となるのを困難にしている社会のあり方(女性にとり、研究者になるなら出産・育児が多難になることを含む)が、女性研究者の絶対数を少なくしていること。  男


・女性が大学院に進学しない・できない大学の環境要因。哲学系大学院の女性院生の比率は調査されましたか?ぜひ調査され、研究者の比率と比較研究して下さい。  男


・哲学研究者をめざさない女性の賢明さ。  男

 あくまでも私見ですが、後半で述べたあたりに問題があるのではないかと思っております。