エホバの証人・輸血

 以前住んでいた所では月に数度、引越してからもふた月に一度はエホバの証人(宗教法人『ものみの塔聖書冊子教会』、通称『ものみの塔』)の人が訪問してきます。『目ざめよ』などのパンフレットを持って。彼らに関しては、輸血拒否の行動が二十年ほど前からメディアをたびたび賑わしてきました。次に挙げるのは昨日のニュースです。
エホバの証人:手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪

 信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。


 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。
(中略)
 エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。【根本毅】
毎日新聞 2007年6月19日)

 以前に生命倫理の問題として対応能力を持つ(competent)患者と持たない患者の話は書いたことがありました。対応能力を持つとは「自分を意識でき、理性的に状況を判断でき、応答できる」(他人からの評価に関心を持つ、知的道徳的判断力がある)ということとされます。アメリカにおいてはこの「対応能力」の有無で患者の自己決定権が優先されるか医師の治療方針が優先されるかという分岐が考えられている事例が多く(=対応能力がある患者の意志が最優先される)、この事例からは日本でも「患者の権利」が優先されるアメリカの状況に近づく方向に変化していっているようにも見受けられます。


 このケースでは患者である妊婦の対応能力には問題がなく、手術に際しての輸血拒否が本人の意思として文書で記されています。大阪医科大病院では「信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアル」が作られていたそうで、輸血せぬ場合のいかなる事態についても免責するという家族の同意書も取っていたそうですから、あるいは法的には問題が生じないかもしれません。
 自らの信仰を優先させることでたとえ死を迎えてしまったとしても患者自身は悔いがないとも考えられますし、その自己決定権には一定の賛意も持ち合わせるのですが、医療側の残念さ・迷いや『ものみの塔』の在り方を考えると、ここに全く問題なしとも思えないのが正直なところです。


 アメリカにおいて、チャールズ・テイル・ラッセルという人が既存のキリスト教(教団)批判を行ない、自らの聖書解釈に基づいて協会組織を創設したのは1884年です(この年に法人化)。しかし彼らエホバの証人が輸血禁止を打ち出したのは、第二代会長のラザフォード(初代はラッセル)の下での1940年の後半のことだと推定されています。この年の前半まで輸血を推奨する文章があって、後半から一転して禁止の方針になっているとのこと。

 証人たちは、血を避けることを命ずる神の律法に従うのが正しいということを確信しています。…彼らが、食物としてであれ輸血としてであれ、自分の体内に血を取り入れることを拒むのは、宇宙の最高の権威たる生命の創造者への従順に根差しているのです。…血に関する神の律法を守ろうと努力することによって、エホバの証人は、自分の生命が命の与え主なる創造者からのものでありまたその創造者に依存するものであるとの認識を表明します。創造者は、聖書の中で、クリスチャンの幸福また将来における生命の存続が信仰と従順にかかっていることを明らかにしておられます。
(『エホバの証人と血の問題』19、p.60)


 動物にする場合でも、輸血を目的として血を用いる事は正しくありません。血を食べる事を禁ずる聖書の言葉は明白です。従って、人体の場合であれ、家畜その他の動物の場合であれ、体力の増進を目的として、人間、またクリスチャンの所有する動物の体内に血を注入すべきではありません。
(『ものみの塔』1964年5月15日号、p.319)

 これらの解釈、輸血拒否の姿勢は彼らの中で半世紀以上続いています。


 日本で最初の「輸血拒否問題」が話題となったのは1985年(昭和60年)6月6日、神奈川県川崎市久地駅前の路上で、当時10歳だった鈴木大君がダンプに轢かれて両足を骨折した事故の時でした。聖マリアンナ医大病院に運ばれた大君は、意識はあったものの失血によるショック症状を呈し始めている状態で、「両下肢開放性骨折・入院60日」という診断を受け手術が行なわれようとしました。ですがその時事故を聞いて駆けつけた両親が手術に必要な輸血を拒否。熱心なエホバの証人である両親の承諾を得られぬまま大君は5時間後に失血死してしまったのです。
 「輸血をしないとお子さんは確実に死にますよ」との医師の言葉に対して、両親は「たとえ子供は死んでも、楽園で復活があります」と答えたといいます。
 これ以前にも何例かエホバの証人による輸血拒否はあったそうですが、メディアで大きく採り上げられたのはこの時が最初です。親の信仰上の理由で子供が死亡するというスキャンダラスな事件だったというのも大きいと言われます。親は、子供の生死を自分の信仰によって決定していいのかということが大いに問題とされたはずです。少なくとも10歳の少年に関しては十全な対応能力があるとは看做されず、保護責任者の意志が重視されるというのが法的な解釈なのですが、それにしてもこれはいろいろ問題をはらんでいますね。


 ちなみにエホバの証人の子供たちは、輸血に関すること以外に次のような戒律によって学校で問題を抱えることがあるのです。

・校歌を歌ってはならない
・格技の授業をボイコットしなければならない
・クラブ活動に参加してはならない
・クリスマス、誕生日、母の日、父の日を祝ってはならない
・不信者と交際してはならない

 などなどです。
 彼らは独自の聖書(新世界訳聖書)と特異な聖書解釈を持っています。それを尊重する権利は認めなければならないと思う反面、子供たちがこうした縛りを受け、クリティカルな場合は死のリスクまで負わなければならないというのは、どうにもすっきりしない感じをうけるんですね。
 難しい問題だなあと、こういうニュースに接する度に思います。明確にカルト認定でもされれば話はもう少しわかりやすくなるのですが、それを主張する人がいる反面、彼らは意外に通常の社会生活にも適応する人たちでもあり、なかなかそう単純なものではないようなのです…
(※参考文献にウィリアム・ウッド『エホバの証人 マインド・コントロールの実態』三一書房、1993、を使っていますが、資料が限られているためカルトだという断定調は避けて書きました。要望があれば、この本の内容をさらに紹介することも…)